オーストリア

最終更新日 2018年5月27日

オーストリアは、かつて東欧と西欧の間に挟まれていた国。ウィーンは、とても洗練されていて、美しい街でした。

1998年に中欧・東欧一人旅で、2002年にスロヴェニア・クロアチア・イタリアで、2017年に東欧・西欧旅行で訪問。

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国について

国の概要

国の概要
国名オーストリア、Republik Österreich、Republic of Austria(英語)
国土ドナウ川流域にあり、北にドイツ、チェコ、東にスロバキア、ハンガリー、南にスロベニア、イタリア、西にスイスと接する。
気候大半はCfb
人口約811万人(1996)、約843万人(2012)
民族オーストリア人85%など。
宗教カトリック、次いでプロテスタント
首都ウィーン、Wien、Vienna(英語)
経済状況一人当たりGNP28,110ドル(1996)おおよそ日本の3/4くらいから、一人当たりGDP39,634ドル(2008)
時間中央ヨーロッパ時間(GMT+1)、ただし夏はサマータイムで1時間繰り上がる。
国番号43
観光客1,717万人(1995)、2,200万人(2010)

言語

公用語はドイツ語。インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派。

英語は、Wienを旅行する限り、問題なく通じた。

ドイツ語だが、ドイツで話されているものとちょっと?違うところもあるようで、あいさつはGuten Tag!とか言わずに、Grüß Got!と言っています。

通貨

もともとはシリング(Schiling, OSまたはATS)で、1ATS=10円くらいだった。補助通貨はグロッシェン(Grosche,G)だった。

現在は通貨統合に参加し、ユーロに移行している。

両替レート
日付場所レート
2002年9月3日VISAカード1€=119.459円

ビザ

必要なし。

関連リンク

Wikipedia

オーストリア

info.wien.at

ウィーンの観光局?か何かがやっているサイト。英語、ドイツ語、イタリア語で情報提供されている。これが良くできていて、ホテルの予約まで出来てしまう。

旅の窓口のように、日程、予算、条件を指定すると、候補にあった空きホテルの情報が表示され、クレジットカードカードの番号で予約できてしまう(実際の支払はホテル)。

ウィーン(Wien)

オーストリアの首都。音楽と芸術の都。

現地で得られる観光用の印刷物にも日本語のものが結構あり、とても観光がしやすい都市だと思う。ウィーン歴史地区、シェーンブルン宮殿として世界遺産になっている。

1回目は、中欧・東欧一人旅の3番目の国として、1998年9月15日にブダペストからウィーンの西駅(Westbahnhof)に到着、Rathaus Platz近くのHotelに2泊。9月17日に市電で南駅(Südbahnhof)から鉄道でチェコのプラハへ出発。

2回目は、スロヴェニア・クロアチア・イタリアの最初の国として、2002年9月2日(月)に1泊。翌日の9月3日(火)にSüdBahnhofから鉄道でスロヴェニアのリュブリヤーナへ向けて出発した。

3回目は、中欧・西欧旅行の3都市目として、2017年8月15日(火)の昼に双胴船でスロバキアのブラチスラバから到着、1泊してルクセンブルクにチューリッヒ経由の飛行機で出発した。

Wikipedia

ウィーン

ウィーン歴史地区

シェーンブルン宮殿

到着

ブダペストから(1998年)

中欧・東欧一人旅の3番目の国として、1998年9月15日にブダペストからオーストリア(Wien)の西駅(Westbahnhof)に到着した。

成田から(2002年)

スロベニア・クロアチア・イタリアの最初の国として、2002年9月2日(月)に日本からロンドン経由でウィーン国際空港(Flughafen Wien Schwechat)に同日着した。

空港に到着したのは22時近かった。荷物を受け取り、S-Bahnの駅に向かう標識に従って進むと、エレベーターがあった。何気なくチラシを見ると、時刻表があり、最終は22:20だった。えーっ!もう時間ぎりぎりじゃないか!

あわててエレベータで降りると、いきなりプラットホームだった。ホームに自動販売機があるので、画面の指示に従って操作し、適当にfull fare(€1.50)のようなものを押して紙幣を入れていると(今回はユーロ紙幣を日本から準備していった)、電車が入ってきた。切符が出てくるのを待ち、改札機でスタンプして(あわてて2回もして)、電車に飛び乗った。

しばらくすると、車掌が回ってきた。まず、近くに座っていた日本人らしき女性となにやら会話している。駅に止まると、着いてこい、指示し、2人で降りていってしまった。しばらくすると2人で戻って乗り込んできた。どうやら、切符へのスタンプの仕方を教えていたようだ。なんと親切な。

私の番になって切符を出すと、なにやらもっと出せと言う。???切符を出しているじゃないか???

どうやら、運賃が足りなかったみたい。怒られるのかと思ったら平然と追加料金を請求され、切符を売ってくれた。購入した切符を見てみると、€1.50のものと€2.10の2枚がつながったもので、どうやら後者は車内で買った手数料みたい。

罰金をとらないことや、何も言わないでもWien市内行きと判断されたことから、やはり観光客が多いんだろうな、と思った。

ブラチスラバから(2017年)

中欧・西欧旅行では、スロバキアのブラチスラバから到着、

2017年8月15日(火)、朝食後にホテルをチェックアウトして、Twin City Liner社の双胴船でブラチスラバを定刻の10:30より少し遅れた10:37に出発。

大きな荷物はまとめて船尾近くに置く。自転車毎乗っている人もいた。船は結構混み合っている。船は大して揺れずに快適で、ブラチスラバを出てしばらくするとデヴィーン城が右側に見える。ちょうど支流が合流する高台の上にあり、昔はここがウィーンとブラチスラバの国境だったとのこと。その後は両側は森ばかりでほとんど街が見えない。それどころか、ウィーンに近づくまでほとんど橋が架かっていない。どこで国境を越えたのかもよくわからなかった。ウィーンに近づく直前からようやく橋が多くなり始める。ドナウ川本流から狭い水路に入って速度を落とし、12:00過ぎにウィーンの船着き場に到着。

ウィーンの船着き場は岸から浮かんだヨットのようなしゃれた建物になっている。構造上、倒れたりしないのか気になる。水路の橋を渡って対岸に渡り、Hotel Stefanieへ。

宿泊

小さなホテル

1998年は、西駅(Westbahnhof)の観光案内所で紹介してもらい、市電で移動して、地下鉄U2のRATHAUS近くのこじんまりとしたホテルに泊まった。

最初の駅で、プライベートルームを紹介するおじさんにあって、部屋まで見に行ったが、1人には広くて高かったのでやめた。

HOTEL PRINZ EUGEN

2002年の2回目の訪問で、空港からS-Bahnで移動して1泊した。info.wien.atで日本から予約していった。翌朝すぐに鉄道で出発するので、SüdBahnhofのホテルを選んだ。

値段

シングル1泊€109で泊まった。朝食付き。

泊まってみて

SüdBahnhofのすぐ目の前にあるので、とても便利だった。

疲れて到着し、予約を示す電子メールのプリントアウトを示すと、ルームキーと、日本語のうぃーんの観光地図をくれた。ウィーンは1泊してすぐ出発してしまうので、なんだかちょっと悪い気がした。

部屋はヨーロッパのホテルとしては普通な感じ。でも広い。

SüdBanhofからみたHotel Prinz Eugen(19KB)中心の背が高いビル

HOTEL STEFANIE

2017年の3回目の訪問で、スロバキアのブラチスラバから船で移動して1泊した。

時間が早かったので荷物だけ預けると、今回も日本語のウィーンの案内を渡され、荷物は部屋に運んでおく、とのこと。さすが観光地として洗練されている。

交通

市内交通

非常に近代的で清潔感のある地下鉄が走っている。また、路面電車やバスもあって、自由に移動できる。

南駅(SüdBanhof)

ウィーンにはいくつかの鉄道駅があるが、チェコやスロヴェニアにはSüdBanhofから出発する。

SüdBanhofの構内(27KB)到着と出発の時刻が示されている。ホームは上階にある

食事

発展している都市なので、様々なものを食べることが出来る。ただし、結構高い。

ウィーンの観光

シューンブルン宮殿

1998年にも行った記憶があるが、2017年に再訪。鉄道駅を降りてから、観光客がぞろぞろ歩いて行くのについて結構歩く。

最初に行ったときも、いろいろ豪華な部屋があるな、という程度の感想だったが、2017年に再訪しても同じ感じ。

美術史博物館

建物自体がとても立派。バロック風だろうか。西洋絵画がバランス良く集められ、中も広くゆっくりと見ることができる。ブリューゲルのバベルの塔が印象に残った。

聖ステファン大聖堂

商店が並ぶ街の中心部にある。ゴシックの教会で、かなり巨大なので撮影しようとしても全体がなかなか入らない。

周囲には観光客向けの馬が並んでいるが、糞は落ちていない。馬車に仕組みがあり、落ちないように受けているようだ。

見学してから、荷物を預けただけのHotel Stefanieにチェックイン。

夕食

2017年の夕食はビールとウィーナーシュニッツェルとデザート。ウィーナーシュニッツェルは薄く伸ばしてはいるものの、結構食べ応えがあった。

出発

プラハへ(1998年)

中欧・東欧一人旅では、鉄道でチェコ(Plaha)のPraha-holesovice駅へ出発した。

リュブリヤーナへ(2002年)

スロベニア・クロアチア・イタリアでは、2002年9月3日(火)にWien Südbahnhofから鉄道でリュブリヤーナに出発した。

ルクセンブルクへ(2017年)

中欧・西欧旅行では、2017年8月16日(水)に朝食後にホテルをチェックアウト、ShwedenPlatzからバスでウィーン空港へ。

ShwedenPlatzにはバス乗り場が並んでいるが、空港へのバスはそことは広場の反対側にあってわかりにくい。ウィーン空港からSwiss Interenational LX1577のボンバルディアCS100でウィーンを11:00発、チューリッヒ空港に12:30着。LX754のエンブラエル190でチューリッヒ空港を13:25発、ルクセンブルクのフィンデル空港に14:30着。

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