ギャビン・ライアル

最終更新日 2020年2月2日

ライアルもチャンドラーと並んで大好きな作家。空軍の経験があるそうで、豊富な飛行機や武器、そして人間の知識が作品に反映されている。寡作なのが残念なところ。

ライアルの作品は、3つのシリーズに分かれている。1つは初期の航空ものを中心としたシリーズで、主人公はそれぞれ違うもの。2つ目は、ダウニング街を舞台としたマクシム少佐を主人公としたシリーズ。最後が、設立後間もない英国情報局を舞台にランクリン大尉を主人公とした歴史スパイものである。

ライアルの魅力は何といっても登場する主人公の魅力。初期の作品には、共通する主人公というのはなく、飛行機乗り、ガンマン、保安コンサルタントとばらばらで、皆一流の技術を持ったプロだが、大抵の主人公が一般的な基準では成功しているとは言い難い状況にあり、おんぼろの飛行機を飛ばしてその日暮らしをしたりしている。皆、自身の信条のみに従って行動する頑固な男達である。

さらに、軽妙でちょっとひねりの入った会話も大変に魅力的。

30歳を超えて、しがないサラリーマンとして毎日過ごしていると、もう一度生まれ変わって、ライアルの主人公達のようになれたらな、と憧れる。大空を自由に飛びまわって、富、美女、夢、正義を求めて冒険ができたらいいのに!

ライアルは、2003年1月18日にLondonで70歳で死去しました。ただでさえ寡作だったのに、これ以上作品を読めません。残念。

Wikipediaのギャビン・ライアル

長編

もっとも危険なゲーム(THE MOST DANGEROUS GAME)

ハヤカワ文庫(訳 菊池 光)

ライアルの作品の中でも有名な作品。私自身はライアルの作品でもっとも好きなものを挙げろと言われたら、この「もっとも危険なゲーム」と「死者に鞭打て」のどちらかを挙げるだろう。

ホーマーという、狩猟を趣味とする富豪が、熊を撃ちにフィンランドに来るところから物語が始まる。ホーマーはこれまで、世界のあちこちでアフリカのライオン、犀、水牛、象、ワニ、虎、熊などの猛獣を撃って来ている。まだ撃ったことがないものはほとんどなくなってしまっている。ただ、一つだけ、もっとも危険なゲームが残されている、その獲物とは、銃を持って撃ち返してくる人間だ、ということから表題がつけられている。

主人公は、ビル・ケアリ。イギリス人なのだが、なぜかロバニエミというフィンランドの田舎で、雇われパイロットをしている。彼の所有する飛行機は、ビーバー水陸両用機というもので、フィンランドのパイロットが墜落させて大破したものを、安く譲ってもらって修理したという代物である。

以下は、ホーマーの妹であるビークマン婦人を飛行機に載せたときの会話。

彼女の荷物で荷物室と二列目の座席がいっぱいになった。彼女は前面の右手の座席に坐ると慣れた手つきでベルトをしめた。兄同様小型機には乗りつけているようだ。

操縦室のなかを見まわしていた。「ずいぶん古い飛行機のようね」

「見かけほど古くはないんですよ。墜落してめちゃめちゃになったんです」

彼女が妙な顔をした。「それ、お客をくつろがせるテクニックなの?」

「私じゃないですよ。事故のあとで買い取って組み立てたんです」

彼女がまた見まわしていた。「手縫いのコートはいいけど、手製の飛行機というのは落着かないわね。ま、ご自分が乗っているんだからだいじょうぶなのでしょうね」

「自分でも無理にそう思い込んでいるんですよ」

菊池 光訳

ソ連国境近いフィンランドの自然の中で繰り広げられる冒険、そして最後には、暗い森の中での「もっとも危険なゲーム」が待っている。そして乾いた印象の結末へと一気に読ませる傑作である。

スパイの誇り(SPY'S HONOUR)

ハヤカワ文庫(訳 石田善彦)

ライアルの第3期、ランクリン大尉を主人公として設立間もない英国情報局を描く、歴史スパイものの第一作。一応時系列につながりはあるのだが、独立した事件を描いた中編8つから構成され、この後レギュラーとなるらしい主人公が次々と現れる。

まず、主人公であるランクリン。彼はギリシャでランクリン「大佐」として砲兵隊にいるところを、英国から使者に呼び出される。なんと、「大尉」に降格され、情報部にリクルートされることになる。ランクリンは小柄で丸顔で童顔、という風貌に描かれており、男臭さをぷんぷんさせている、ライアルの初期の小説の主人公とは違っている。育ちは良いのだが、兄弟の経済的な失敗に巻き込まれて破産し、今は金に困っているという設定である。

そして、彼の助手、オギルロイ。最初は悪党として登場するのだが、なぜかランクリンの助手となる。アイルランド人。これがイギリス人であるランクリンとのおもしろい組み合わせとなる。そして、コリナ。こちらは新世界アメリカの富豪の娘、という設定であり、イギリスとアメリカという対比の上に、破産しているランクリンと金に困らないコリナ、という対比を重ねている。これらの登場人物が活躍する。

ストーリーとしては、暗号帳をパリに運んだり、ブダペストを部隊にハプスブルク家のフェルディナンド皇太子を巻き込んだ陰謀と戦ったりするのだが、新米スパイ(エージェント)であるランクリンは今ひとつ頼りなく、頼もしいオギルロイやコリナに助けられ助けられなんとかやっていると言う感じである。

設定や主人公にとまどいを感じたが、やはりライアル。じわじわとまどろっこしいストーリー展開に、ひねりが十分に入った会話。ひねりすぎて何度も読まないと良く意味がわからないところもある。これは覚悟の上で、楽しい。

冒頭、ランクリン大尉が訪れた海軍省司令部に、賊が押し入って、ランクリンは地下室に下男とメイドと閉じこめられてしまう。そこで二人にかけた一言。

おれは、英国陸軍要塞砲兵隊のランクリン大尉だ。今夜は残念ながら、大砲を持ってくるのを忘れてしまった

おもわず、にやりとしてしまう、イギリスっぽいジョーク。後半でもこんな会話がある。

コリナは、ブランデーをのむ彼を見守った。「ちょっとまずいことが起きるたびにお酒をのんでいたら、アルコール中毒になってしまうわ」

オギルロイが言った。「女たちが男の酒についてなにかいいはじめたら、もう寝る時間だ。おれは失礼して、寝ることにする。

オギルロイ、かっこよすぎる。

しかし、読み終わって、特におもしろい、とは正直感じなかった。舞台となっている第一次世界大戦前のヨーロッパの世界情勢というものもよくわかっていないと背景がわからないところもある。ただ、ライアルの小説は味があるから、最初からおもしろくなくても、また読んでいるうちにきっと味が出てくるんだろう、という気もしている。そのため、最初は辛めに★1つにしておいて、また読んだみたいと思う。

ちなみに、ブダペストの中心を流れる川を「ダニューブ川」と訳してある。最初、あれ、ブダペストを分けているのはドナウ川じゃないのかな?と思ったが、英語名はダニューブ川なんですね。オーストリア・ハンガリー二重帝国時代という設定だが、ブダペストは行ったことがあるので、なかなか懐かしい。

このページに関するご要望は高谷 徹(toru@takayas.jp)まで