最終更新日 2001年1月6日
国名 | Sverige(スウェーデン語)、スウェーデン王国、Sweden(英語) |
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国土 | スカンジナビア半島の東側。西側が山で東側に低く傾斜している。 |
気候 | 南部はCfb、北部はDfcおよびET |
人口 | 約884万人(1996) |
民族 | スウェーデン人がほとんど |
宗教 | プロテスタント |
首都 | Stockholm |
経済状況 | 一人当たりGNP25,710ドル(1996) |
時間 | 中央ヨーロッパ時間(GMT+1)、ただし夏はサマータイムで1時間繰り上がる。 |
国番号 | 46 |
観光客 | 250万人(1995) |
スウェーデン語
インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派。でも、みんな英語が話せる。
ありがとう | Tack | タック |
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どうもありがとう | Tack så mycket | タック・ソ・ミケット |
こんにちは | Hej | もっと言い方を書いてあるものもあるが、みんなこれを使っているみたい。 |
スウェーデン・クローナ(SEK)。補助通貨単位はÖreというが、見たことない。2001年現在、1SEK = 13円くらい。
両替はできるが、ATMも多いので国際キャッシュカードが便利。また、クレジットカードが良く使えて、タクシーでもほとんどクレジットカードが普及しているのでとても便利。チップの習慣はないわけではないが、それほど厳密ではなく、端数を切り上げる程度で良いことが多いようだ。
日本人は3ヶ月以内なら不要。
Stockholmはスウェーデンの首都で、14の島からなる美しい首都である。
Stockholmには2回行っている。数え方によっては4回かな?
まず、1995/7のスカンジナビア半島一周で行った。7/11(火)に成田からSASで行って一泊して、翌日Osloに出発。その後ノルウェーを一周して、7/20(木)に寝台列車で戻ってきて一泊して、翌日夕方にViking Lineの大型船でHelsinkiに行って、また7/23(日)朝に船で戻って一泊して、7/24(月)にArlanda国際空港から成田へ帰った。
次は2001/9の北欧出張で、9/29(土)にスウェーデンのKarlstadからフィンランドのOuluに行くときに、通過した。このときも少し時間があったので(ほんの少しだったが)街を歩いた。
1995/7のスカンジナビア半島一周のときは、飛行機でStockholmに到着したが、これはなかなかすばらしいものだった。到着が近づき、飛行機が高度を下げていくと、夥しい群島が見えてくる。群島が終わり、スカンジナビア半島の上空に入ると、今度はひたすら森が続く。そのうちに、森を切り取ったようなスペースにArlanda国際空港が見え、そこに着陸する。空港は比較的小規模で、出発と到着が完全に別れておらず、同じところを通って出入りする。森の真っ只中にある空港からは、Volvo製のバスでStockholm中心部に向かった。すれ違う車のおよそ半分くらいはVolvoやSAABであった。
1995/7のスカンジナビア半島一周のときは、日本から到着した1泊目の7/11、日本に帰る前日の3泊目の7/23はSHERATON STOCKHOLMに宿泊。ストックホルム中央駅、市庁舎、GAMLA STANに近く便利。中は非常にきれいで、モデムの接続口も部屋にあった。朝食には日本食も準備されていてびっくりした。
STOCKHOLM2泊目の7/20は、予約をしていなかったため、寝台列車で朝ストックホルム中央駅に着いた時点で、近くのホテルを予約して宿泊した。
Arlanda国際空港からStockholmまではバスだが、市内は歩いたり、地下鉄に乗ったりして移動できる。もちろんタクシーもある。地下鉄といっても、島の間は橋を渡るので、地上に出てしまう。なお、車は昼までもライトをつけて走っている。
おもしろいことに、地下鉄は左側通行になっていた。いろいろな国を旅して気がついたのだが、鉄道も基本的に車と同じ側を走っている。スウェーデンでは車は右側通行だから、地下鉄も右側を走ると思ったのだが、左側を走っていた。現地の人の意見では、以前は車も左側通行だったからではないか、とのことだった。
Osloへ向かうとき、朝早くStockholm中央駅に行って切符を買ったのだが、窓口のお姉さんに、自分の名前を日本語で書いてくれ、と言われた。なんだかとてものんびりしていて、親しみやすい人たちだと思った。
食事はおいしい。ヨーロッパの北のほうにいくと食事がまずい、という話があるが、Stockholmも含めた北欧では、毎回食事が楽しみだった。もちろん、鮭はLAXとして必ずメニューに乗っているし、肉の調理方法も悪くない。生クリームを使ったりしたソースがかかり、ゆでたじゃがいもが添えてあるのがありがちな食事。
ワインを頼んだりすると、輸入品+税金で結構高くつく。
朝食は、パンに、ハム、チーズ、茹で卵が並べられ、すきなだけとって食べる形式が中心だった。一般に乳製品はおいしい。あと、ニシンの酢漬けも必ず並んでいる。
StockholmはMalaren湖という、海に注ぐ川の途中が膨らんだような「湖」に浮かぶ島から構成された都市である。ちょうどStockholmの辺りは汽水域だそうだ。島から構成されている街なため、しばしば水辺に出たり、水路のようなところを橋で渡ったりするのだが、そこで多くの人が釣りをしている。ちょうど皇居のお堀か神田川で釣りをしているような間隔なのだが、水はとてもきれいで、なんとサーモンが釣れるのだそうだ。
なお、首都の真ん中でサーモンが釣れるというのは、多摩川で迷い込んだサケがたまに捕まる、といったレベルではなく、そういった環境にあるということである。入手した地図には釣りのポイントに印がついているのだが、市庁舎の前に印がついていたりする。皆結構真剣に釣りをしているし、ヨット遊びをしている人も多い。本当に自然と都市が一体になった街である。
Stockholm自体は北極圏ではなく、時期的にも夏至を過ぎていたのだが、とにかく日が長い。これは理屈ではわかっていても、不思議な感じがする。街を歩いてふと気がつくと、午後8時だったり10時だったりする。なにしろ、寝るときも「昼」で起きても「昼」である。1995/7/23の夜、帰りが遅くなってしまったのだが、その時にやっと暗い街を見ることが出来た。
市庁舎から街を見渡すと、とんがった建物が多かった。王宮があるRiddarholmenという島には、Gamla Stanという旧市街がある。ここも歩いて面白い。古い建物がたくさん残っている。街は都市計画がきちんとしている、といった印象でごみごみしておらず、すっきりしている。
1995/7のスカンジナビア半島一周のときは、日本に来ていた留学生と合氣道の稽古をしていたので、その友人をStockholmで訪ねることが出来、いろいろ話をすることができた。訪ねた家では、入るとき何と靴を脱いでいた。「日本人はヨーロッパでは靴を履いたまま家に入るものと思っているけど、必ずしもそんなことはない。」のだそうだ。
スウェーデンの人達は、極めて英語が得意である。レジで並んでいても、私達のときだけ何の「構え」もなく、英語に切り替わる。どうやら、自分達の言語はマイナーであるという意識があるため、外国語の習得に熱心なようだ。「どうして、スウェーデンの人達は英語が上手なのか?」と聞いたら、「学校で習うから。」と返答され、返す言葉がなかった。
やっぱりスウェーデンは大きな人が多く、男性ならばトイレに行くと「高さ」が実感できます。女性が美人だというのも本当で、服装自体はとてもシンプルだが、化粧品のポスターからそのまま出てきたような人がいる。
1995/7のスカンジナビア半島一周で、7/19(水)に泊まりはしなかったが列車の乗り換え時間に降りてみた。
鉄鉱石が取れることで子供のときから覚えさせられる地名だが、スウェーデンではリゾート地として有名らしい北極圏の街。とにかく蚊が多いので閉口した。駅を降りてから、ずっと、衛星のように蚊がたくさん周りを飛び回っていた。スウェーデンの人に言わせると、蚊は暑いのが嫌いで、涼しいところに多いのだそうだ。日本人の感覚とは異なるが。
2001/9の北欧出張で、9/24(月)にSASで成田からCopenhagen空港へ行き、そのまま乗り換えてSASでGöteborg空港に同日着。2泊した。Volvoの本拠地だそうだ。
仕事で行ったので街を歩く時間もなくて残念だった。
2001/9の北欧出張で、9/26(水)にKarlstad到着し、3泊した。
ここも仕事で行ったので、街を歩く時間もなくて残念だった。でも、湖や森がとてもきれいな街だった。にもかかわらず、市では「太陽の町」として売り出しているという。どうして「森と湖の町」にしないのかと思ったが、よく考えたらスウェーデンではそれでは売り出せないのかもしれない。みんなそうだから。
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