海外の小説

最終更新日 2020年2月2日

A.J.クィネルは、取材の自由を守るため、ということで長く匿名作家として、その経歴が謎に包まれていた。A、J、Qだから、次はKingだということで、スティーブン・キングではないか、などという説もあったくらい。

後に正体を明かすことになるが、ローデシア生まれで世界を渡り歩いた後、マルタのゴゾ島に住む英国人だった。

作品を楽しみにしていたが、2005年の7月に肺ガンで亡くなってしまいました。残念。

もともと新潮社から出ていて、私が持っているのもそうなのだが、最近は集英社から出版されているらしい。

2005年7月10日になくなった。

WikipediaのA.J.クィネル

長編

ヴァチカンからの暗殺者

新潮社(訳 大熊栄)

ダン・ブラウンのダ・ヴィンチ・コードを読んで、そういえば、この本があったな、と思って再読した。

おもしろい。ダ・ヴィンチ・コードなんて、目じゃない。

1987年の本だから、時代設定は少し懐かしい。東西冷戦が続いていて、ヨーロッパの東半分は共産主義に支配されている時代である。この物語は、ソ連のアンドロポフ書記長が1984年に死亡した事件を題材にしている。

ヨハネ・パウロ二世の暗殺未遂事件はKGBが仕組んだもので、さらに次なる機会を狙っているとの情報がヴァチカンにもたらされる。これを阻止するために、ヴァチカンのあるグループは、逆に、ソ連のユーリ・アンドロポフ書記長を暗殺する計画を企てる。

暗殺者として選ばれたのは、ポーランドの秘密保安機関(SB)の少佐だったミレク・スツィボル。彼はとある理由で、アンドロポフに強い憎しみを抱いていた。ミレクはリビアのトリポリ郊外で暗殺者として徹底的な訓練を受ける。

さらにヴァチカンは、怪しまれずに共産圏に忍び込むための偽装として、彼に「妻」を同行させることにする。この偽の妻に選ばれたのが、敬虔な修道女であるアニア・クロルである。彼女は、作戦の目的も知らされずに同行させられることになる。

こうして二人は、ウィーンを出発し、チェコスロバキア、ポーランドを通って、クレムリンを目指す。

陸路で行くこと、そして修道女を「妻」として伴う、という2つの条件が物語を大変におもしろくしている。

計画は、緻密なものであったが、偶然からKGBの知るところとなってしまう。そのため、二人の作戦はどんどん困難なものになってしまう。次に進むとまた手の内がKGBに流れてしまい、というように、息もつかせぬ展開で進んでいく。

行くところ行くところにヴァチカンが手配したいろいろな協力者がいて、二人を助けてくれるのだが、それらの脇役達も魅力的に描かれている。

そして何より、もう一つの物語の軸となっているのが、ミレクとアニアの二人の関係。粗暴な男として登場するミレクと、何も知らない堅物のアニア、という始まりから、いくつもの困難を二人で克服する中で、徐々に心を通わせていく。

逃避行の中で、アニアは手負いになってしまう。邪魔になったら置き去りにする、殺す、と最初から言われていたアニアは死を覚悟するが、なぜかミレクは彼女を殺さず、危険を冒してまで助ける。

「わたしに恋なんかしないで、ミレク・・・わたしは絶対にあなたを愛せないの・・・絶対に。わたしは修道女なの・・・これからもずっと修道女でいるわ。」

ミレクがアンドロポフを憎む理由は何なのか、作戦は成功するのか、二人はどうなるのか、最後まで一気に読めてしまう。タイトルは、原題である"IN THE NAME OF THE FATHER"のほうがしっくり来る気がするが。

ちなみに、ダ・ヴィンチ・コードではないが、この本もヴァチカンの大司教が出版社を訴えるという騒ぎになったそうだ。

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