大崎善生

最終更新日 2020年5月24日

Wikipedia大崎善生

札幌で生まれ、東京に出てきて、将棋の雑誌の編集者をやっていたらしい。ヨーロッパにもよく行っているようだ。現在は西荻窪あたりに住んでいるらしく(結婚して引っ越したかも)、札幌、西荻窪、吉祥寺、ヨーロッパの街というのが作品の中に繰り返し出てくる。

これらの場所を舞台に、浅田次郎のように感情を揺さぶり、ちょっと村上春樹のような雰囲気も持つ本を書く。ただし、浅田次郎のようにべったりとはしていないし、村上春樹のよりもメッセージはストレート。本人は村上春樹を読むらしい。

吉祥寺のパルコブックセンターにも来て、自分の本をチェックしているらしいので、私もパルコブックセンターでは、周りに本人がいないかチェックしている。結構個性的な風貌のようだから。

パイロットフィッシュ

角川文庫

2005年読了

珍しく文庫。「ロックンロール」が結構気に入ったので、著者の小説デビュー作の「パイロットフィッシュ」を読むことにした。今思い出してみれば、前にパルコブックセンターで結構目立つように置かれていたような気がする。

冒頭が「人は、巡りあった人と二度と別れることは出来ない。」というもの。主人公はアダルト雑誌の編集者。ある日大学時代に別れた女性からの電話がかかってくる。昔の回想も交えながら物語が進んでいく。二人が再び会うシーンもあるが、さらっとしている。

ちなみに、パイロットフィッシュというのは高級な熱帯魚を飼う際に、その魚を入れる前に水槽に入れて、バクテリアなどの生態系を作るために使う魚だそう。用が済むと捨てられてしまうのだという。

この小説の中に、以降の作品のタイトルとなる「アジアンタムブルー」という言葉が出てくる。「傘の自由化」のくだりは、小説家はこんな仕掛けをするのか、と感心してしまう。

アジアンタムブルー

角川書店

2005年読了

「パイロットフィッシュ」に続く小説。「パイロットフィッシュ」という言葉も作品の中に出てくる。

はじまりのシーンは、なんと吉祥寺の東急百貨店の屋上。私は子供の時以来登ったことはないが、今でもあるのかな。そこで主人公がぼっとしていると「H.N.」という女性と会う。

ストーリーとしては、主人公の恋人葉子に胃ガンが見つかり、治らないことがわかる。そのため、南仏のニースまで行って、最後の時間を過ごす、というもの。帯にも書いてあるが、ニースの海岸でのとても印象的なシーンがある

「もうひとつだけお願いがあるの」

葉子は静かな表情をしていた。空からの真っ直ぐな光を反射して、葉子の髪と頬を伝わる涙が輝いていた。僕はその光の粒をじっと見ていた。

「私が死んでも・・・」

そう言って、葉子は声を詰まらせた。そして、声を振り絞るようにして続けた。

「優しい人でいてね。」

僕は何も言わずに、海を見た。透明な水の中に青い水彩絵の具を溶かした青い海をーーー。

「私にしてくれたように、いつまでも優しい人でいて。私が死んで、いつか次に出会った人にも同じように優しくしてあげてね」

時代劇のように先が見えているストーリーだが、タクシードライバーのフレデリックといい、周りの人物もイイ感じ。

エンプティスター

角川書店

2020年5月年読了

「パイロットフィッシュ」、「アジアンタムブルー」に続く恋愛三部作の完結編なのだそうだ。でも、この2つの作品を読んでからあっという間に15年が経ってしまい、年齢も主人公をとっくに抜かしてしまった。独身なのは同じだが。

このコロナウイルスの自粛でインドア生活になり、久し振りに本を読むことになった。そして、昨年2019年に引っ越して本棚を整理したこともあり、読んでいない本を手に取りやすくなった。

物語では前2作と主人公も含めて相当重なっていて、記憶も繰り返される。前2作を読んでから15年経ってしまったのでストーリーの記憶は曖昧になってきているが、どこかにその時の感情が引っかかって残っている。

しかし、この作品はミステリーのような要素が強く、また、舞台もいつもの吉祥寺、西荻窪だけではなく、なんとソウルになっていて、韓国人女性も登場する。

物語は七海と別れた主人公山崎隆二が同じ西荻窪の街の中で引っ越したところから始まる。かつて働いていたエロ雑誌の編集者に会ったところ、かつて取材対象とし、そして一時期一緒に過ごしていて、その後行方がわからなくなっていた可奈という女性が鶯谷で働いているらしいという情報を得る。

そこで鶯谷に行ってみることになるが、そこの描写が生き生きとして面白い。「パネマジ」なんて言葉があるんですね。ここでも魅力的な人物が登場する。可奈には会えないが、なんと可奈からの電話がかかってくる。

そして舞台はソウルに移る。出版社時代の同僚とソウルに行き、「通訳」として二人の若い女性を雇う。ソウルを観光しながら可奈を探すが、函館からは古い知人の転落死の報があり、そして同僚にも危険が及んでいく。

最後になって一気に伏線が回収されていく。前2作の登場人物たちの伏線も回収されていく。しかし、その回収は3部作の最後というべく悲しいもの。ハッピーエンドになって欲しかったけれども、もう物語は続かない。

3部作というけれども、前2作はともかく、この作品は恋愛ものというのだろうか。前2作に比べて評価は低いようだが、喪っていく人生、記憶に埋もれていくていく人生というのは最近自分でも感じているところで、特に一人で酒を飲んでいるといろいろ昔のことを考える。そうだとすれば、15年前ではなく、今読んだ意味があったのかも知れない。

九月の四分の一

新潮社

2003年5月21日読了

パルコブックセンターで目について、久しぶりに単行本を買ってしまった。非常に目立たない装丁だが、品の良い美しい装丁である。

ぱらっと見て、ブリュッセルのグラン・プラスが舞台の短編も含まれていて、行ったことがある場所だったので買ってみた。4つの短編が含まれた短編集である。ブリュッセルの他にも、パリやロンドンも出てくる。

非常にさらっと読めてしまい、後にもあまり感情が残らないが、1つ1つ楽しく読める短編である。どれが好きかと言われれば、「悲しくて翼もなくて」、表題にもなっている「九月の四分の一」でしょうか。

著者のバックグラウンドでもあるのかも知れないが、音楽と将棋がテーマとして何回かとりあげられている。

ドナウよ、静かに流れよ

文藝春秋

2009年11月読了

書店で目についたので買ってきて、ずっと机の上に積ん読状態だった。

読み進めていつもと違うな、と思ったら、どうやらこれはノンフィクションらしい。19歳のハーフの日本人少女と渡辺日実(カミ)と33歳の自称指揮者千葉師久がドナウ川に飛び込んで心中した事件について、少女の両親や関係者に聞いて明らかにしていくというもの。

肝心の二人の心情が全く理解できないのし、特に千葉は非常に問題がある人格なので、今ひとつ感情移入できなかった。

しかし、最後のページに渡辺日実の写真が出てきていて、ちょっとどきっとする。実際に生きていた少女なんだな、と。

渡辺日実の両親についても私生活も含めてこんなに書いて良いのかと思うくらい、赤裸々に書かれている。

ロックンロール

マガジンハウス

2005年読了

2004年に父が癌ではじめて入院したときに、東大病院の購買で赤い装丁が目立っていたので、なんとなく買った。そのときは、「九月の四分の一」と同じ作者だとさえ気がつかなかった。買ったまま全然読まずに放っておいたが、年が明けてから読み出したらおもしろかった。

主人公植村は小説家で、作品を書くためにパリにいる。担当の編集者は高井という男だが、その(3人目の)彼女である久美子が突然部屋を訪ねてきてしまう。そこから回想を織り交ぜながら、植村、久美子、高井、久美子の(前の?)彼氏との関係が始まる。

主人公の「ノシイカのような人生観」というものに妙に共感してしまった。自分に重ね合わせてしまって。

孤独か、それに等しいもの

角川書店

2005年読了

これは短編集。相変わらず、札幌、ヨーロッパ、吉祥寺。

「八月の傾斜」、「だらだらとこの坂道を下っていこう」。タイトルが中身と会っていて、秀逸。たとえば、「だらだらとこの坂道を下っていこう」だとこんな感じ。

由里子は静かに僕の手を取り、つないだ。それすらも恵美が生まれてからはじめてのことかもしれない。それから、昔のように僕の胸に頭を埋めた。それは、二人が付き合い出した頃から由里子が好きな姿勢だった。

僕も変わってはいないし、そして由里子も変わっていないのかもしれない。由里子の髪を撫でながら、ふとそう思った。

変わっていることがあるとすれば、僕たちがきっと坂を下りだしていると言うことなのだ。

別れの後の静かな午後

中央公論新社

2005年読了

これも短編集。長編も短編も書ける作家だ。

短編集のタイトルとなっている短編「別れの後の静かな午後」もタイトルと中身がぴったりとあっている。主人公は、日曜日の午後にいつも、東京郊外の山に行き、東京を眺めて過ごしている。パイロットフィッシュが昔の恋人と自分とが過ごした同じように長い時間を認識するものだとすれば、この短編は、自分と別れた恋人が過ごした全く違う時間の流れを対比させるものだろうか。

「ディスカスの記憶」は推理小説の趣。

ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶

新潮社

2006年6月読了

4つの短編集。例によって、装丁は秋を感じさせるとても美しいでき。

著者得意の、ヨーロッパを舞台にした物語、社会になじめない若者の物語が入っている。しかし、さすがにこのパターンも少々マンネリ化しているような気もする。大崎善生の作品は、ストーリーがある長編のほうが私は好きなのかも知れない。

「容認できない海に、やがて君は沈む」は比較的良いできかな。

優しい子よ

講談社

2006年11月読了

4つの短編集だが、それぞれ独立している訳ではなく、2004年から2005年にかけての出来事を扱っている。つまり、ノン・フィクションでもある。

大崎善生の本は基本的に出ると買っているのだが、不思議な絵の装丁で、買ってからしばらく机の上に放置していた。

最初の短編「優しい子よ」は、女流棋士である妻に、9歳の茂樹という少年からファンレターが届き、文通が始まる。彼は治る見込みのない病気であるが、自分の病気との闘いだけでなく、かつての事故の後遺症がある妻の足を心配してくれている。この病気の子とのやりとりが、新婚間もない大崎夫婦にどのように受け止められていくかを描いている。

「テレビの虚」と「故郷」は、大崎善生の「聖の青春」をドラマ化したプロデューサーである萩元の死とそれをきっかけに彼の故郷を訪ねる物語。

最後の「誕生」は、その名の通り、新しい命の誕生を描いている。

死と生という題材に、結婚した著者の初々しい?生活もからめて描かれている。4つのばらばらな短編というよりも、この4つの組み合わせで死と新しい生、継承という物語になっているように感じた。本当に忙しいときに読んだので、生活の日常を描いた物語がかえって新鮮だった。

タペストリーホワイト

文藝春秋

2006年11月読了

「タペストリー」とは、Carole KingのアルバムTapestryであり、「ホワイト」とは、札幌の街を覆った雪のことだと思う。

長編だが、4つに分かれていて、それぞれ、"Will you love me tommorow?"、"You've got a friend"、"It's too late"、"Tapestry"という名前がつけられている。これらは上記のTapestryというアルバムの曲名となっている。

主人公の女性が札幌から東京に出て行き、生活の基盤を固めていくまでの物語だが、名前から想像されるのと異なり、明るい小説ではなくて、はっきり言って暗い。グロテスクなシーンというか状況もある。

でも、学生運動がピークを過ぎた後の閉塞感と虚無感という時代を、Carole Kingの音楽と共に生き生きと描いているように思う。

大崎善生は村上春樹をよく読むと言うが、村上春樹がやはり音楽にちなんだタイトルの「ノルウェイの森」で学生紛争当時の青春を生き生きと書いたとすれば、続く時代を大崎善生が書いた、といったところでしょうか。

Carole KingのTapestryは、読んだ後に買って聞いてみた。普通のおばちゃんが歌っているような声で肩すかしを食った気がしたが、シンプルで、乾いていて、小説の印象からかノスタルジックな感じがする。さすがに有名なアルバムで、カバーも多いらしく、どこかで聞いたことがあるメロディーばかり。"It's too late"なんて、私が持っているCDの中でも3曲もあることになってしまった。

傘の自由化は可能か

角川書店

2006年11月読了

タイトルは、大崎善生の小説を読んだ人であれば、にやりとしてしまうものだろう。これはエッセイ集。新聞や雑誌に書かれた短い文章がたくさん収められている。日経新聞に書かれていたものもあるので、そのときに読んだ記憶があるものもあった。

「優しい子よ」、「ドナウよ、静かに流れよ」、「アジアンタムブルー」、「ロックンロール」、「聖の青春」と言った大崎作品の裏話のようなものも含まれている。読んでいないものはまた読みたくなる。

ただ、ヨーロッパへの取材のことなど、同じことを同じように何度も書いている。うーん。ちょっと仕事を引き受けすぎ?

スワンソング

角川書店

2009年10月読了

久しぶりに読書。それもべたべたの恋愛小説。

大崎善生の本は基本的には読むことにしているので、買うだけ買って随分長い間机の上の積んであったが、久しぶりの読書の対象として選定。

恋愛小説ではあるが、三角関係の恋愛で、全くさわやかではない。主人公が振ってしまった女性が傷つき、その後輩で主人公が選んだ女性が傷つき、救いないような話がずっと続く。

つらいなあ、とは思うものの、そもそも主人公が優柔不断だからではないか、という意識が頭にあって、今ひとつ共感できないところがある。

物語が進んでいくのは本当に最後のところで、一人、そしてもう一人と悲しい結末を迎える。そして残された手紙。

最後はこれでもか、これでもか、と泣かせる技巧が繰り出されるので、食傷気味ではあるが、やはりそれぞれのシーン、ぐっと来るものはあります。個人的には美術館のノートの文章、平凡すぎる文章だが、そうだからこそのリアリティがあって、ああ、恋愛ってこういうものだよな、と思った。

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