イタリア

最終更新日 2006年1月2日

イタリアは、長靴のような半島で、地中海に突き出している。それにしても日本人観光客が多かった。おいしい食べ物、便利な交通、たくさんの遺跡、絵画、建物。人気があるのも当然だな、と思いました。また行ってみたくなる国ですね。

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国について

国の概要

国の概要
国名イタリア共和国、Republic of Italy(英語)
国土北部はアルプス山脈、半島にはアペニン山脈が走り、活火山がある。
気候地域によって異なる。Cs、Cfa、Cfb
人口約5,740万人(1996)
民族イタリア人。その他、ドイツ系・フランス系・スイス系
宗教カトリックが9割以上。
首都Roma、ローマ
経済状況一人当たりGNP19,880ドル(1996)
時間中央ヨーロッパ時間(GMT+1)、ただし夏はサマータイムで1時間繰り上がる。
国番号39
観光客3,105万人(1995) とにかく日本人観光客が多いこと。

言語

インド・ヨーロッパ語族ロマンス諸語のイタリア語。

観光地を旅行した限り、英語は通じる。ただ、イタリア語と英語をごっちゃに話すような人もいるし、観光地では、日本人観光客が多い上に、サービス精神が旺盛なのか、日本語を交ぜて話したりする。

Firenzeでは、ホテル予約の担当のおばちゃんに、「オキャクサマ、ショウショウオマチクダサイ」と言われた。ローマでは、「Listen to me well, Signore. You have to pay MAIKIN now.」と言われ、MAIKINってなんだい?と聞いたら、「前金」のことだった。最後のローマの出国係員には、「オハヨウゴザイマス」と挨拶された。

ちなみに、ローマでは、日本語を気合いで通じさせて買い物をしている日本人のおばちゃん観光客を見た。すばらしい。

イタリア語
こんにちはBuon Giornoボン・ジョルノ
ありがとうGrazieグラッツェ
お願いしますper favoreペル・ファボーレ
どういたしましてPregoプレーゴ

通貨

通貨統合によってユーロ€になった。補助単位はユーロセント。

通貨統合はしたのだけど、ATMではリラと併記のものもあった。もちろん、リラが流通していることはないが。

両替

訪問した都市では両替するところはたくさんあったし、国際キャッシュカードで現地通貨を引き出すことも簡単に出来る。

両替レート
日付場所レート
2002年9月10日Venezia S.L.駅の両替所1€=8.12768Kn
140Knを両替したが、サービス料、手数料を取られて、13.55€。
結局1€=10.33Kn
2002年9月10日Venezia市街のATM1€=122.3800円
2002年9月10日VISAカード1€=119.143円
2002年9月10日VISAカード1€=119.662円
2002年9月11日Firenze駅に入っている銀行のATM1€=122.9571円
2002年9月11日VISAカード1€=120.119円
2002年9月11日VISAカード1€=120.879円
2002年9月12日Firenze駅に入っている銀行のATM1€=122.8571円
2002年9月12日VISAカード1€=120.858円
2002年9月13日VISAカード1€=120.878円
2003年9月8日Milano Centrale駅でT/C現金化€100→€90.20、手数料9.80%!
2003年9月9日Milano市街のATM1€=136.1500円
2003年9月10日Milano Centrale駅の郵便局ATM1€=137.6143円
2003年9月11日RomaのATM1€=137.9960円

Veneziaでは、クロアチアのKunaも両替できたが、激しくレートが悪かった。

チップ

いるみたいです。ただ、レストランではサービス料が10%とか、12%とか自動的に加算されることもあった。

ビザ

日本人は90日間まで必要ない。

電話

これは注意。イタリアの電話は、市内通話でも、市外局番からかけなければならない。というか、市外局番というものが廃止されて、それをくっつけたままの電話番号に移行した、ということらしく、通常の国の電話の常識のように、海外からかけるときは0をとったり、市内電話をかけるときは市外局番をとったり、ということはしないらしい。つまり、国際で国番号をつけようが、市内電話をかけようが、0から始まる電話番号を全てかけなければならないようだ。

Venezia(ヴェネチア)

Veneziaはイタリアの北東部、Veneto州の州都で、スイス、オーストリア、スロヴェニアの国境に近い港町。人口30万人。

干潟の上に存在し、運河が縦横に走っている不思議な街である。

スロヴェニア・クロアチア・イタリアの旅行で、イタリアに入って初めて滞在した街。9月9日(月)深夜にZagrebをVenezia S.L.駅行き寝台列車で出発し、9月10日(火)の朝に到着し、翌日Firenzeに発つまで1泊した。

到着

Zagreb駅から深夜に寝台列車で出発し、朝にVenezia S.L.駅に着いた。

切符購入

9月9日(月)の朝に、飛行機でZagrebまで着いたので、バスターミナルまではバス、バスターミナルからはトラムでZagreb駅まで行って、Venezia S.L.駅までの寝台列車の切符を買った。283.87Kn(約4,800円)だった。

荷物を手荷物預かり所に預け、Zagrebの街に出た。

出発

23:55発だったので、夜にZagreb駅に戻ってきた。時間前だが、すでに同じ電車に乗るらしいバックパッカーが溜まっていた。

一人の男が、いきなりぺらぺら話しかけてきた。何を言っているのかわからないので、Do you speak English?と聞いたら、一瞬、ぽかんとして、Yes,Yes.と言った。オーストラリア人だった。あまりに早口で何を言っているかわからなかった。単純にトイレを探していただけだった。どこから来たかというので、日本だというと、日本のどこか、と言う。彼は、ここに来る前に、日本の大阪と神戸を観光して、とても良かったんだ、とのこと。

駅に列車が到着する予定は、23:27だったが、時間になっても来ない。この列車はハンガリーを出発して、ユーゴスラビアを経由してくるので、遅れていたのかも知れない。出発予定時間近くになって、ようやく到着した。

列車に乗って、コンパートメントがわからず、空いているところは女性の部屋だった。車掌に聞くと、ドアが閉まっているコンパートメント。鍵で開けてもらってはいると、中は真っ暗で、3段のベッドの下2段にすでに若い男が寝ていた。私のベッドは一番上らしい。ドアを閉めると真っ暗になり、一番上のベッドに登る方法がわからない。しばらく探していると、2段目に寝た男が、向かいに立てかけてあるはしごを指さして教えてくれたので、それを踏み台にして一番上まで登った。とりあえず、真っ暗な中で着替えて就寝。

列車の旅

暗い中、列車は出発したが、この列車はイタリアに行く途中で、スロヴェニアを通過する。従って、2回国境を通過する。そのため、夜中に2回も夜中に起こされた。

起こされただけではなく、パスポートを渡すと、下から懐中電灯で顔を照らしてチェックされ、Where are you going?と聞かれた。

同室の2人は、Toriesteあたりで降りたようだった。よく早朝に起きられるものだと感心した。Venezia S.L.駅は終着駅なので、ゆっくりと眠れた。朝起きるともう明るくなっていた。カーテンを開けると、イタリアの風景が広がっている。

寝台列車のベッドの写真(2002年9月、26KB)上のベッドが私の場所

備え付けの水を飲もうと思ったら、ガス入りだった。やれやれ。

寝台列車の中の洗面台の写真(2002年9月、32KB)

ほどなくVenezia Mestre駅を通過した。Veneziaには駅が2つあり、陸地側にあるのがMestre駅で、干潟のほうにあるのがS.L.(Santa Lucia)駅である。列車は海の中の線路を走って干潟へ向かうが、干潟は結構遠くて、先の方におぼろげに見えるだけである。列車の横には車が走る道路がある。

Venezia S.L.駅へ向かう寝台列車の車窓の写真(2002年9月、38KB)海の中の線路を道路と並行して走る。

Venezia S.L.駅到着

S.L.駅に入ると、線路沿いにたくさんゴミが落ちていて、汚れていた。初めてのイタリア、ちょっと緊張して下車した。

駅の構内に出ると、ものすごい混雑。それも、たくさんの日本人がいるのにびっくり。なんだか若いカップルも多い。新婚旅行だろうか。海外でこんなに日本人がたくさんいるのは初めて見た。やはりイタリアは日本人に人気があるんだな、と思った。

駅にホテルの予約所があったので、列に並び、ホテルを予約してもらった。係員は若い女性1人だが、駅に近くて、100€くらいが良いというと、事務的に手際よく探してくれた。手数料が1€かかるが、Veneziaの地図もくれる。

駅の外にはいきなり運河があり、雰囲気抜群。出ようと思ったら、なんと強烈な雨が降り出した。傘を持っていなかったので、駅のカフェテリアで、ツナサンドとコーラを買って、食べながら弱まるのを待った。サンドイッチの種類もたくさんあって、さすがイタリアだと思った。

しばらくすると雨が弱まったので、予約所で教わったホテルに向かった。

Venezia S.L.駅前の風景の写真(2002年9月、32KB)

宿泊

HOTEL NAZIONALE

2002年9月10日〜11日に1泊。Venezia S.L.駅のホテル予約所で紹介してもらった駅に近いホテル。

住所、連絡先

LISTA DI SPAGNA, 158
I-30121 VENEZIA
telephone +39 041716133
fax +39 041715318
E-mail hote.nazionale@cash.it

S.L.駅を出て左に歩いていったすぐのところにある。

値段

シングル100€(朝食付き)

泊まってみて

歩いていくと、こじんまりとしたホテルで、階段を上った2Fにフロントがある。そこで、チェックインをするのだが、なんだかイタリア語の説明書のようなものを出され、そこにサインを求められた。なんだかわからないので、こういうときにサインするのは良くないのだが、仕方なくサインした。どうやらこれはルールのようで、以降、イタリアのホテルに泊まるときにはいつもサインさせられた。

チェックインすると、移民系のボーイが部屋に案内してくれた。シングルで、薄暗く、必要最低限、といった部屋。エアコンを入れてくれようとしたのだが、入らない。どうなるのかと思ったら、部屋を代える、と言う。で、となりの部屋に移った。今度はダブルのベッドに部屋もかなり広く、机も置いてある。かなりラッキー。

HOTEL NAZIONALEの部屋の写真(2002年9月、31KB)

寝台列車で到着したので、シャワーを浴び、さっぱりとした。バスタブではなくシャワーだった。あがると、バスルームになんとを発見したので、すかさず殺した。

以前なら、Rigaのとき、Amsterdamのときのように、パニックになっていた。しかし、今回の私は違っていた。個人的に近年の大発明だと思っている「どこでもベープ」を取り出し、机の上でスイッチを入れた。これは、乾電池で30日も動くすばらしい蚊取りである。かつては、変圧器などをかまして液体蚊取りを動作させたり、わざわざライターを持ち歩いて(空港では面倒)、渦巻きを持ち歩いていたが、その苦労が一挙に解消した。

勝ち誇った気分で部屋の壁を子細に観察すると、黒い点のような跡や、赤いものが混じった跡もあった。分析の結果、前者は蚊をたたいた跡、後者は血を吸った跡の蚊をたたいた跡と断定した。先人達の苦労に涙しつつ、テクノロジーの進歩に感謝した。

電話

持参したPDAでメールの送受信を行おうと思ったが、どうしてもうまくいかない。いろいろ調べると、イタリアでは市内通話でも市外局番からかけなければならないことがわかった。しかし、それでも動かない。アメリカでの経験もあるので、フロントにつながらないと言ったら、平然として機械を操作して、"connected"と言われた。

交通

市内の交通

Veneziaは海の中にあるようなものなので、よく知られているように、運河が交通手段になっている。実際には、道も結構あって、橋も多いので、かなり歩いて移動できる。ただし、旧市街に車は入れないようだ。

運河の移動方法の中心になるのがVaporettoと呼ばれる水上バスである。いくつかの路線がある。チケットは乗る前に買う必要があるが、毎回買うのも面倒なので、S.L.駅前の停留所で€9.30の24時間券を買った。最初に刻印しないと行けないのか聞いたら、今しておいたからいらないよ、と言われた。

VeneziaのVaporettoの24時間券(2002年9月、6KB)

Vaporettoは、いろいろ走っているが、初心者にわかりやすいのは、Venezia中央を走る大運河を通るもの。両側の岸を互い違いに停まりながら、進んでいく。

乗り方は簡単で、ちょうどバスのように、路線別に分かれた停留所で待ち、来たら乗る。本数は多い。座席もあるが、混んでいるので、立たなければならないことも多い。停まるたびに、縄を岸に縛り付けてから乗降するので、手際は良いものの、そんなに速い乗り物ではない。

水上バス乗り場の写真(2002年9月、31KB)ちょうど水上バスが出発したところ

食事

店の種類

世界的な観光地なので、レストランは多い。どちらかというとシーフードを強調している店も多いように感じた。

食べ物、飲み物

クロアチアほどではないが、アイスを食べている人も多い。アイスの値段は場所によって大きく違う。観光地が集まるところは高いし、そうでないところは控えめの値段。注意して見ていると、そのあたりの物価がわかるのでおもしろい。

行ってみた店

Marco Polo

味はまあまあ。€38.50だったので、チップも含めて€44払った。クロアチアから来たせいか、高くてびっくりした。観光地であることもあるかもしれない。ただし、ワインはそんなに高くない。

市街

San Marco

Veneziaと言えば、San Marco。ということで、1番のVaporettoでVallaressoという停留所まで行き、降りて歩いた。とにかく観光客が多い。

San Marco広場まで行くと、これまた観光客、そして鳩が多い。ばーっと飛び立ったりして、羽毛が舞って、いやな感じ。鳩はなんだか不潔な感じがして好きになれない。

景色は絵葉書のようで、San Marco寺院(Basilica de San Marco)、Ducale宮(Palazzo Ducale)が立っている。San Marco寺院に入ろうとしたが、入り口は脇にあった。雨がたまっていて、渡してある木の板の通路で玄関から入った。上に上ると、San Marco広場が一望できる。午前中に降った雨がたまっていて、歩けるところに人が集まっているのが見える。土地が低いのもあるが、これくらいの雨で水浸しになるのは、排水機能が弱いような・・・。

San Marco寺院から見た風景の写真(2002年9月、46KB)

San Marco寺院から見た広場の写真(2002年9月、52KB)水浸しで、高いところに人が集まっている

写真を撮る人たちの写真(2002年9月、58KB)観光客と鳩が多い!

Rialto橋(Ponte di Rialto)

San Marco地区にRialto橋という橋があり、ここらへんも店が多く、観光の中心になっている。ここから大運河を見ると、なかなかの景色。

運河

Veneziaは水の都、と言うことで、運河が縦横に走っている。河岸に建物が並んでいる景色は、どの街でも見るが、やはり何か違う。何が違うのかと考えると、玄関が水に向かっているところのようだ。まるで、大洪水のニュースに出てくるような感じで、水没した街のような印象を受ける。

大運河の写真(2002年9月、41KB)中央に見えるのが水上バス

縦横に走る運河の写真(2002年9月、34KB)

もらった地図を見ると、"TIDAL FORECAST ALTERNATIVE PEDESTRIAN ROUTES"というのが示されている。

運河については臭いとか、汚いということが言われるが、少なくとも私が言ったときにはそのようなことはなかった。思ったより水はきれいで、橋の袂などの階段に魚がいたりする。ただし、釣りをしているような人はいない。禁止されているのかな?

水路の魚の写真(2002年9月、32KB)

車がないせいか、重機の乗った船があり、運河を掘り起こしていた。

運河で作業する重機の船の写真(2002年9月、44KB)

また、San Marco広場にいたときも、広場でイベントの準備をしていたが、車で運ぶために、上がまっ平らな船の上にトラックを載せてきて、広場横につけていた。

Firenze(フィレンツェ)

Firenzeは人口は約38万人で、イタリアの北部Toscana州の州都で、内陸のArno川沿いの美しい街。

実は、VeneziaからRomaに行く経路で、あまり考えずに寄ってみただけだったが、実は観光地として日本でも有名なところらしく、日本に帰ってからも良くポスターなどに写真があることに気がついた。

スロヴェニア・クロアチア・イタリアの旅行で、イタリアに入って2番目に滞在した街。9月11日(水)にユーロスター・イタリアでVeneziaから到着。1泊して、翌日9月12日(木)にユーロスター・イタリアでRomaに出発した。

到着

切符購入

Venezia S.L.駅の切符売り場で切符購入。イタリアは国内と国際で切符売り場が分かれていたり、予約と切符購入の窓口が分かれていたりして難しいと聞いていたが、やはり観光地なせいか、みんなが並んでいる窓口に並んであっさり翌日の切符が買えた。€26.60だった。

出発

9月11日(水)朝、Venezia S.L.駅まで行き、8:33発のEuroStarに乗車した。

駅到着

Firenze S.M.N.(Santa Maria Novella)駅に到着。イタリアの駅の名前はなんでこんなに長いのだろう。

駅構内にATMがあったので、現金を少し下ろした。このATM、英語表示を選べるのだが、最後のところだけ、多分「確認」といった意味だと思うが、そこだけイタリア語だけになるので、最初はよくわからず苦労した。

Veneziaと同様、駅構内にホテル予約所があったので、そこでホテルの予約をすることにした。結構並んでいるので、列に並んで待った。窓口の係はおばさんだったが、英語で希望するホテルの内容を伝えると、にやりとして「お客様、少々お待ち下さい。」と日本語で言われた。日本人の観光客が多いせいか、簡単なフレーズを覚えているようだ。

宿泊

HOTEL MACHIABELLI PALACE

9月11日〜12日に1泊。Firenze S.M.N.駅のホテル紹介所で紹介してもらったホテル。

住所、連絡先

VIA NAZIONALE 10, 50123 FIRENZE
telephone 055216622
fax 055214106

Firenze S.M.N.駅から歩いて近いところにある。

値段

シングル130€(朝食付き)。このほかに電話を使ったので、2.40€。

泊まってみて

こじんまりとしたホテルだが、なかなか部屋はおしゃれで美しかった。

HOTEL MACHIABELLI PALACEの部屋(2002年9月、24KB)

交通

市内のバス

そんなに広くない街だが、ミケランジェロ広場(Piazzale Michelangelo)に行くためには、バスに乗る必要がある。

食事

行ってみた店

TRATTORIA ANTELLESI

シチューのような肉料理を食べた。なかなか良かったが、店員はあんまり愛想が良くなかった。€33だった。

旧市街

ミケランジェロ広場(Piazzale Michelangelo)

街の中心部から、Arno川を渡った対岸にある広場で、高台なので、Firenzeの街を一望できる。

Firenze S.M.N.駅の横から出ているバスで行った。バス停の近くのたばこやでバスの切符を2枚買った。1枚€1だった。イタリア語と英語で説明が書いてある。バスに乗って、切符をスタンプして、座った。

Firenzeのバスのチケット裏表(2002年9月、14KB)

バスはまず町中を走るが、とにかくバイクが多いことが特徴的。オランダに自転車がいっぱいあるように、イタリアにはバイクがいっぱいある。そして、川を渡り、木が多い地域を走っていく。どこで降りるかわからなかったのだが、ミケランジェロ広場は開けて見通しが良く、かつバスもそこで相当時間停車するので、なんとかわかった。

何に驚いたか、といえば。日本人ばかり。女性多し。誇張ではなく、視野に日本人しか入らない瞬間も多く、日本国内のどこかのテーマパークに来たかのようだった。

景色は美しい。よくポスターになったり、ガイドブックに載っているのは、ここからの写真ではないでしょうか。

ミケランジェロ広場からの眺め(2002年9月、37KB)街の周辺

ミケランジェロ広場からの眺め(2002年9月、33KB)Duomoがある市街

Duomo

Firenzeと言えば、Duomo。ポスターにも良く載っている建物。てっぺんのCUPOLAまで上ることができるが、エレベーターはない。上るために行列ができていたので、アイスクリームを食べながら並んだ。€6だった。

エレベーターが無いので、階段をかなり上らなければならないと、看板にも警告があるが、確かに大変だった。

後ろからも人が来ているので、休みなく階段を上がっていくと息が上がった。天井をとりまく回廊のようなところに出て、そこを歩く。静かにしろ、と係員が注意している。これで階段は終わったと思ったら、またさらに階段があった。

ただし、上ってからの景色は最高。Firenzeの街が一望できる。向かいにジオットの鐘楼(Campanile di Giotto)があって、そこのてっぺんに上った人がいるのも見える。ただし、CUPOLAのほうが少し高い。さすがに疲れたので、ジオットの鐘楼(Campanile di Giotto)には上ろうという気が起きなかった。

CUPOLAからの眺め(2002年9月、42KB)

CUPOLAから見えるジオットの鐘楼(2002年9月、40KB)

Ponte Vecchio

Arno川に架かった橋で、橋が建物のようになっていて、たくさん店が入っている。

ウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)

海外旅行しても、美術館には行かないことにしているが、ボッティチェッリのビーナスの誕生でも見てみようかと思い、行ってみた。

とにかく混んでいる。行列ができていて、時間毎に入れている。海外に行って、こんなに並んで待つ羽目になったのは初めてだった。まあ、時間は十分にあるのでたまには良いですけど。

街ながら、美術館の前の広場で観察していると、中国人らしき人々がおかしなおもちゃのようなものを広げて売っている。警官がくるとあわててかたづけて移動するのだが、またしばらくするとやっている。また、日本人かも知れないが、タキシードとウェディングドレスを着たカップルが現れた。何かのツアーでそういうものがあるのかも知れない。現れたときには、広場で拍手が起こったが、なんだか同じ日本人としてちょっとばつが悪い気がした。

ようやく入った美術館。相当たくさん絵があるのだが、ざーっとだけ見た。やっぱり宗教画のようなものは、キリスト教ではないのでさっぱりわからない。

Roma(ローマ)

Romaはイタリアの首都で、人口は約265万人。ヨーロッパのいろいろな歴史がある街は見てきたものの、これほど「古い」というものを感じる街はありませんでした。

また、多くのヨーロッパの都市のように、旧市街と新市街に分かれているというわけでもなく、長い時間がつながっているような街です。

スロヴェニア・クロアチア・イタリアの旅行で、最後に滞在した街。2003年9月12日(木)にFirenzeからユーロスター・イタリアで到着し、翌日に、London経由で成田へ帰国するまで1泊した。

また、イギリス、フランス、イタリア家族旅行では、2003年9月10日(水)にMilanoから、ES9433でRoma Termini駅に到着。駅近くのGENOVAに2泊し、London経由で成田へ帰国した。

到着

Firenzeから

スロヴェニア・クロアチア・イタリアの旅行では、Firenzeからユーロスター・イタリアでRomaに到着した。

切符購入

出発前日、Firenze S.M.N.駅に着いた9月11日(水)に切符を購入した。切符売り場は結構長い列が出来ていて、待たなければならなかった。フォーク並びで1列に並んで、空いた窓口に進んでいく。私の番になったのだが、空いた窓口は団体客専用のようだったので立ち止まっていたら、後ろの女性にほら、あっちに行けといわれたので、その窓口に行ったら、やっぱり団体客専用だった。

ほら違うじゃない、ごめんなさい、のような感じだったのだが、そうしているうちに、別の窓口に、列に並んでいないおばさんがショートカットで行こうとした。すると、後ろの女性が声を出し、2人で大声で言い合いをはじめた。

呆然と見ていたら、言い争いが終わった後、後ろの女性はこちらを見て笑って、「ここではいつもこんな感じなのよ。」と言った。ラテンの国っぽい、と思った。

切符は€29.44だった。

列車の旅

9月12日(木)の9:04にユーロスター・イタリアでRomaに出発した。Firenze発の列車ではないので、すでに車内が混み合っている。

FirenzeからRomaへ向かうEurostar(2002年9月、39KB)

列車の座席は、廊下の両側に、2人がけの席が向かい合った形で4人座る形で座席に並んでいる形式。

私の座席には、となりに日本人女性の2人組がいたので、少し話した。イタリア中心の旅行だそうだ。

車窓は、山があったり、平野があったり、一見日本のような地形だと思った。

駅到着

お昼に、Roma Termini駅に到着。Romaは、そして駅周辺はあんまり治安が良くないと言う話もあるので、ちょっと緊張。広い駅だが、まずホテル紹介所へ足を運んだ。

Milanoから

イギリス、フランス、イタリア家族旅行では、Milanoから、ユーロスター・イタリア(ES9433)でRoma Termini駅に到着した。4人で€185.92だった。

宿泊

Mecenate Palace Hotel

2002年の9月12日〜13日に1泊。Roma Termini駅のホテル紹介所で紹介された。

住所、連絡先

00185 Roma - Via Carlo Alberto,3
telephone 06 44702024
fax 06 4461354
E-mail info@mecenatepalace.com

Roma Termini駅のホテル紹介所の係員は、陽気な男性で、こちらの希望を伝えると、いくつか当たって探してくれた。どのくらいの金額がいいのか、というので、「€100くらいだ」というと、「1泊だけだな」と念を押されて、このホテルを紹介された。たまたま1泊だけ空き室があるから安く泊めるということだな、と思った。

陽気でサービス旺盛なのは、いいのだが、"Segnore, you have to pay maikin now."と言われて、意味がわからなかった。"What do you mean by maikin?"と聞くと、"How do you say deposit in Japanese?"と言われた。それは「前金」です。いったい何語を話しているのか考えながら聞かなければ。

値段

ダブルルームをシングルで使い、1泊朝食付き€100で泊まったが、これはたまたまで、普段はその3倍くらいするらしい。

泊まってみて

駅の近くではあるのだが、ちょっと歩き、迷いそうになった。入り口を入ると、フロントの女性がわざわざ部屋の前まで案内してくれた。若い女性だったが、すらっとしていて、私より背が高かった。

屋上が食事が出来るテラスのようになっているのだが、案内された部屋はそのテラスに上る階段のすぐ近い上階で、なんだか場違いなくらい高級そうな雰囲気。

部屋に入ってさらにびっくり。すばらしい部屋で、高級感たっぷり。ベッドの横には、なぜかタオルが引いてある。高級ホテルってそうなんでしょうか?

翌朝、屋上テラスで食事をしたが、日本人の観光客も多いようだった。みんなお金持ちですね。

Mecenate Palace Hotelの部屋(2002年9月、44KB)

Genova

2002年の9月10日〜12日に2泊。日本から予約して行った。

住所、連絡先

00184 Roma - Via Cavour, 33
telephone 04676951
fax 064827580
E-mail genova@italyhotel.com

Roma Termini駅のすぐ近くの4つ星ホテル。部屋は角部屋だったので二面に窓があり、広くて快適だった。

交通

地下鉄

大きな都市なので、地下鉄があって便利に利用できる。切符は、1回券(BIT, Biglietto Integrato a Tempo)だと€0.77、1日券(BIG, Biglietto Integrato Giornaliero)だと€3.10。

イタリア全般に言えることだが、都市内の交通の切符はTABACHIというタバコ屋で買うことが多い。地下鉄の構内でも自動販売機ではなく売店で切符を買ったりする。なかなか場所がわからないこともあるので、まとめて買っておくか、1日券が便利だと思う。

Romaの地下鉄1日券(2002年9月、9KB)1回券も同じような形。

地下鉄は自動改札で、日本から行っても違和感はないが、とても混んでいる。日本のラッシュとまでは言わないが、ラッシュ前後と同じくらい混んでいた。スリが多いなど、いろいろなことが言われているので、ちょっと緊張する。車両自体も相当落書きされていて、窓なんてスプレーが吹き付けられていて、良く外が見えない。

2003年に家族で行ったときは、ちょっとひやっとしたことがあった。朝ヴァチカンに向かうためにTerminiから地下鉄に乗ったのだが、非常に混んでいる駅のホームで、我々が通るときに上から下まで観察する男がいて、いやな予感がした。

通り過ぎて歩いていって、車両に乗ろうとしていると、さっきの男がこちらと同じところまで来て横に立っている。いやな予感がしたので、乗るのをやめると相手も乗るのをやめるので、これはまずいと思って、駅のホームの違うところまで家族を連れてその場所を離れた。見ると、連れらしき男とこちらを見ながら話していた。危ないところだった。ホームには警官もいるのだが。ちょっとお金持ちに見えたかな。

バス、トラム、タクシー

乗りはしないが、バスやトラムも走っている。また、タクシーも便利らしい。Firenzeから来るときに隣にいた日本人女性は、「レストランからもすぐに呼べるようになっている」と言っていた。

Termini駅

とても広い駅で、前の広場にもバス乗り場が多数ある。地下鉄に乗るにも、バスに乗るにも便利。

2003年に行ったときには、夜ホテルにいると騒がしい音がするので出てみると、駅の前でコンサートをやっていた。9月11日だったからかも知れない。若者が多数いて、随分と混み合っていた。

ホテルの窓から駅方面を見た夜景の写真(2003年9月、24KB)コンサートのようなものを駅のほうでやっている。

食事

2002年に行ったときは、イタリア最後の都市だったので、食事も期待していたのだが、体調が思わしくなかった。昼食は、Termini駅近くのチェーン店のようなところでカルボナーラを食べた。メニューはいろいろな言葉で書いてあって、日本語もあった。味はまずまずだったが、とにかく量が多くて、日本で言う2〜3人前あった。中華料理のように、何人かで行って、いろいろ分けて食べるには良いのだろうが、一人だとちょっときつい。

夕食は、夕方から腹痛になったので行けなかった。悔しかったので、ホテルのミニバーでワインを飲んで寝た。

2003年は家族と一緒だったが、1晩目はスペイン広場近くのPizzeriaで食べた。なかなかウェイターが陽気な人で、"This is from waiter"と言って、家族全員にレモンチェッロを出してくれた。

また、2晩目はTermini駅近くのホテル街のレストランで食べた。4人で€81.10と比較的安いところだったので、気楽に食べられた。ウェイターも若くて陽気な人だった。味はまあまあといった感じ。1つへぇ、と思ったのはワインで、テーブルワインの赤と白しかなかった。高級なレストランならともかく、イタリアでも安いレストランでは、そんなものなのかな、と思った。日本だといちいち格好つけて飲まないとなりませんが。

ヴァチカン公国(Citta del Vaticano)

一応、1つの国、ということだが、非常に小さい。

2002年にRomaを訪問したときは、まずはヴァチカンに行ってみた。地下鉄A線のOTTAVIANO駅まで行って降りた。地上に上がると交差点で、特に目立つ標識もなくてわからないので、適当に大通りを歩いたらヴァチカンに着いた。まあ、とても広い広場なんですが、別にカトリックでもないので、特に感動するというものでもない。大聖堂にも入れるようだったが、列が出来ていて、宗教的なものを見てもわからないと思ったので、パスした。

Piazza San Pietro(2002年9月、30KB)

2003年に訪問したときは、まず朝に博物館まで入ってみた。入り口はSan Pietro広場とは別のところにある。中に入って見学した。音声ガイドを借りることが出来る。とにかく絵画や彫刻がすごい量があると言うことはわかった。

ミケランジェロの最後の審判という非常に大きな天井画がある。

旧市街

Romaは見るものが多く、有名なところが多いので、なんだかべたべたの観光になってしまった。

ただ、とにかく日中は日差しが強くて、大変。外を歩いていると、干上がってしまいそうです。

Castel Sant'Angelo

ヴァチカンから参道のような道を歩いていって、橋を渡るといかにも遺跡ですという感じの建造物があった。これがCastel Sant'Angeloで、上に上っている人が見えたり、日差しが暑くて死にそうだったので、入ってみた。€5必要。

Vaticanからの道の写真(2003年9月、22KB)

Castel Sant'Angelo(2002年9月、31KB)

もともとは139年に建てられたという話だが、その後歴史を経て、教皇の避難する要塞、ということになったらしい。上まで上ると、Romaの街を見下ろすことが出来る。

Castel Sant'Angeloからの眺め(2002年9月、39KB)

Piazza Navona

Castel Sant'Angeloを出て、だらだら歩きながらテヴェレ川を渡り、しばらく歩くとPiazza Navonaという広場がある。急に開けて広場になるというのではなく、広場全体が建物に囲まれているため、入り口から入ると広場になっているという感じである。

広場が楕円形なのは、昔の競技場跡だかららしい。このように、古い遺跡のようなところと現代がつながっているのがおもしろいと思った。

Piazza Navona(2002年9月、38KB)

2002年に行ったときは、疲れたのでこのカフェで、レモンジュースというのを頼んでみたが、本当にレモンジュースだった。細いグラスに半分くらい入って出てきたので、酸っぱいのをちびちびと飲んだ。

Pantheon

これも一目で遺跡ですというような建物で、やはり街中に突然ある。紀元前に出来て、紀元120年頃に再建された、という、これまたとてつもなく古いものである。

Pantheon(2002年9月、33KB)

中には自由に入ることが出来るが、天井の穴から自然の光が入ってくる構造になっている。掲示してある注意書きには、「雨が降ると、天井から入ってきます。排水も十分ではありません。」といったようなことが書いてあった。

Pantheonの天井(2002年9月、38KB)ここから光が入ってくる

Pantheonの中(2002年9月、47KB)

建物を一回りしてみたが、後ろの部分も相当古さを感じさせる。

2003年に訪問したときは、このPantheonの前で両親の写真を撮っているとき、怪しい男が二人に急に近づいてきてびっくりした。多分スリか何かをしようとしたのだと思うが、大きな声をあげたらそのまま立ち去ってしまった。

トレヴィの泉(Fontana di Travi)

観光客がたくさんいる。水量が思ったより多くて、ちょろちょろというのではなく、勢いがある。みんなお約束のように、コインを投げ入れている。

トレヴィの泉(2002年9月、39KB)みんなコインを投げ入れている

スペイン広場(Piazza di Spagna)

ここも観光客がびっしり。場所的には、ただの階段で、冷静に考えると、どうして観光地なのかもよくわからないところがありますが。

スペイン広場の写真(2002年9月、43KB)

スペイン広場の上からの写真(2003年9月、34KB)広場の前には泉がある

2002年に行ったとき、一番上まで上ってみたが、日本人の中年女性のグループに、「日本人ですか?」と声をかけられた。「一人ですか、偉いのね。」というようなことを言われた。日本では、一人であることでいつも非難されているのですが。

その女性達は、屋台で飲み物を買うときに、「ううん、それじゃなくて冷たいの」というように日本語でしゃべっていて、なぜか通じて買い物できていた。なんだか一生懸命語学を勉強しているのがむなしくなった。

ColosseoとForo Romano

ColosseoとForo Romanoは楽しみにしていたのだが、2002年に行ったときには、行く時間が遅くなってしまった。地下鉄B線COLOSSEOで降りると、いきなりColosseoがある。時間がないので、前を通り過ぎて、Foro Romanoに向かったが、入り口が非常にわかりにくい。結局、奥まで行って、回り込まなければならなかった。さらに、行くともう閉門で入れず、雨がひどく降ってきたので、仕方なく引き返した。外から見ただけでも、相当おもしろそうだったので、残念だった。紀元前に出来たものが残っているのはすごいと思うし、さらに、誰が作ったかわかっているというのもすごい。

雨の中のColosseo(2002年9月、41KB)

Foro Romano(2002年9月、45KB)外からしか見られなかった

そこで、2003年に行ったときには、真実の口からForo Romanoまで歩いて、じっくりと見ることにした。Foro Romanoに入場するのは無料だが、一番奥の部分に入るのは有料である。ようやく中に入れて感動。なぜか、このForo Romanoの奥の部分の入場券と、Colosseoに入る入場券はセットになっている。

Foro Romanoの写真(2003年9月、44KB)

Foro Romanoに行った後は、Colosseoに向かった。こちらは人だかりがしている。中にはいるとエレベーターで上に上ることが出来る。競技場の中の、まさに競技が行われる部分だが、今はその部分がははがれてしまっているのか、地下の構造物が現れてしまっている。

Colosseoの地下構造の写真(2003年9月、24KB)

真実の口

真実の口も、2002年にRomaに行った際には時間がなくて見学できなかった。ちょっと離れたところにある。2003年に行った際は、バスでVenezia広場まで行って、そこから歩いて行った。

真実の口は教会にあるのだが、入り口は既に長蛇の列。自分達の順番が来るまで並んだが、みんな同じように手を入れたり、抜けないまねをしたりしているので、へそ曲がりの私としてはちょっとこっぱずかしかった。・・・・・・でも、手を入れましたが。

真実の口の写真(2003年9月、19KB)いかにも・・・ですみません。

水飲み場

Romaの街角にはところどころ水飲み場のようなものがある。これはローマ帝国時代からある上水システムによるものらしい。ちょっと飲んでみたが、飲んでも大丈夫らしい。トレヴィの泉や、スペイン広場の前の泉もローマ時代の上水道を利用しているらしい。これも昔から現在までがつながっているRomaならではという気がする。

街にある水道の写真(2003年9月、32KB)

出発

スロヴェニア・クロアチア・イタリアでRomaに行った2002年は、9月13日(金)に、Roma Termini駅から鉄道でFiumicino空港まで行った。自動販売機でFiumicino空港までの切符€8.80を買ったが、使い方に手間取って時間がかかった。時間ぎりぎりになり、空港までの列車のホームはとても遠いので、駅をダッシュした。なんとか列車に飛び乗ったが、列車の出発自体が10分くらい遅れた。やれやれ。Fiumicino空港からは、BA553でLondonへ。BA007に乗り換えて、成田へ帰った。

イギリス、フランス、イタリア家族旅行で2003年に行ったときも、鉄道でFiumicino空港まで行ったが、このときはさすがに要領がわかっていたので、余裕たっぷりにホームまで歩いて帰った。

Milano(ミラノ)

Milanoは北イタリアの大都市で、人口は約130万人。観光地と言うよりも商業都市としても重要な都市らしい。ちょっと天気が悪くて残念でした。

イギリス、フランス、イタリア家族旅行として、9月8日(月)にICでNiceからMilano Centrale駅に到着。2泊して、9月10日(水)にRomaに向けて出発した。

到着

Niceから

2003年9月8日(月)にNiceからMilanoへ向かった。

Niceから先は日本で一切電車を手配していなかったので、Nice Ville駅に着いたときにInformationで確認したところ、NiceからMilanoへ向かう途中のMonaco(のMilano側)で、トンネル工事をしているため、SNCFはNice Ville駅からイタリアとの国境駅であるVentimiglia駅までをバスで振替輸送しているそうだ。そのため、出発時間が1時間くらい早くなっていた。Milanoまでは€35.40。

Nice Ville駅でMilano方面に行く振替輸送の案内の写真(2003年9月、30KB)

駅まで

Niceのホテルをチェックアウトし、レセプションの女性にタクシーを呼んでもらった。4人で乗るので大きめの車が良いだろう、ということになった。

ところがこれがなかなか来ない。待っていると、1台来たが、これは別の女性(アメリカ人女性のよう)のためのもの。間に合うか心配になってきた頃、やっと来た。運転手は陽気な大柄な男。4人なので、私は助手席に乗ろうとしたところ、左側に回ってしまい、「運転したいのか?」と言われてしまった。4人全員乗って、駅へ。運転手は歌を歌ったりしている。

駅に着き、係員の指示に従って、ホームの端まで歩くと、すでに列が出来ている。

Nice Ville駅でMilano方面に行くためバスを待つ写真(2003年9月、59KB)

人数が多いせいか、1台のバスではなく、次から次へバスが来て、乗せていく。9時過ぎに振替バスでVentimiglia駅へ出発した。

バス

バスはNiceの街を抜けてハイウェイに入る。バスからの眺めは山、海ととても良い。走っている途中で、ハイウェイの右側に、青地に黄色い星が輪になったEUのマーク、そしてその下に「ITALIA」と書いてある看板がちらっと見えた。どうやら国境ははそれだけ。看板がイタリア語になる。

バスはハイウェイを降りて、川沿いを走る。少し走って、市街の狭い道を走っていくと突き当たりに鉄道駅がある。これがVentimiglia駅で、みんなでバスを降りる。

鉄道(IC)

Ventimiglia駅からは、鉄道で移動できる。IC343の座席を予約してあったので、客車と座席を確認して乗り込んだ。最終到着地がスイスの客車もあるので、良く確認。

Milano Centrale駅に着く。結構大きい駅で、人混みがすごいので緊張する。

Milano Centrale駅

到着してまずはT/Cを両替しようと思い、両替所に行く。T/Cの記入を間違えて、ああ間違えた、と言ったら、窓口の女性は「あれま」というように両目をくるっと1回転させた。あんな表情、日本人には絶対出来ない。

駅構内の観光案内所で地図をもらい、駅の正面から地下に降りて地下鉄に乗った。

宿泊

GRAN DUCA DI YORK

2003年9月8日〜10日に1泊。日本から予約していった三つ星ホテル。

住所、連絡先

20123 Milano - Via Moneta, 1/a
telephone (02) 87.48.63
fax + (02) 869.03.44

泊まってみて

地下鉄でDumoまで行き、ホテルを探したが、日本でもらった地図が間違っていて、結構歩き回ってしまった。

ホテルは古い建物を利用しているようで、なかなか雰囲気のあるもの。朝食を食べる場所は中二階にある。

Gran Duca di Yorkの写真(2003年9月、38KB)

私が泊まった部屋は角部屋で、窓から前の通りが見下ろせた。

Gran Duca di Yorkから見た景色の写真(2003年9月、25KB)

交通

地下鉄

地下鉄が走っているので、自由に移動できる。24時間券もある。

食事

イタリアなのでさあ食事!というところだったが、同行した家族も疲れて体調を崩してきていたので、1泊目はDuomo近くで昼はサンドイッチ、夜はファストフードのピザを食べた。夕食のピザはファストフード、だが分量も味も十分すぎるものだった。2泊目は昼は現地の人で混み合うカフェテリア形式の店、夜もDuomo近くのカフェテリア形式の店で軽くすませた。昼の店は昼休みの時間帯らしく混んでいたが、ボリュームも味も満足できるものだった。

市街

Duomo

Milanoの真ん中にあるのがDuomo。ただ・・・、残念ながら工事中でした。

Duomoの写真(2003年9月、19KB)

ただし、中にも入れるし、上に上ることも出来た。上にはエレベータで上がるが、その前のセキュリティチェックがものものしいものだった。

Duomoの写真(2003年9月、25KB)

Galleria

よくMilanoの観光案内に乗っているのがこのGalleria。ただ、どうやらGalleriaというのは、普通名詞のようで、他の場所でもこの表示はある。とにかく、このGalleriaは巨大なもの。中はブランドショップやレストランなどが並んでいて、真ん中の交差しているところでは何かのプロモーションをやっていた。

Galleriaの写真(2003年9月、41KB)

Castello Sforzesco

発音しにくい名前だが、Parco Sempioneという公園の前に陣取っているお城。中は地下も含めて美術館、博物館のようになっている。

最後の晩餐

Santa Maria Delle Grazieというこれまた発音しにくい教会にある。なんとこの絵は予約しないと見られないとのこと。観光案内所で訪ねたところ、今日は無理だが明日なら予約できるのではないか、とのこと。予約するには予約専用の電話番号に電話する必要がある。ホテルに戻って電話したところ、"sold out"とあっさり言われてしまった・・・。また、今度の機会に見に行きたい。ちなみに、英語では"last supper"と言うようだ。

出発

Roma

イギリス、フランス、イタリア家族旅行で2003年9月10日(水)にRomaに向けてユーロスター・イタリアで出発した。

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