カンボジア

最終更新日 2016年9月13日

アンコール遺跡は素晴らしいけど、とにかく暑く、蚊に刺され、体調も悪くてきつかった。

2016年6月にアンコール遺跡旅行で訪問。

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国について

国の概要

国の概要
国名カンボジア、Kingdom of Cambodia(英語)。
国土インドシナ半島南西部で、メコン川、トンレサップ川による平野が広がる。しかし、メコン川の下流はベトナムになってしまっている。
人口約1,448万人(2012)。
民族クメール人85%、中国人6%、ベトナム人3%、チャム人2%。ベトナム人とクメール人は随分と違っていて、クメール人のほうがずっと濃い肌の色をしている印象。
宗教上座部仏教が多い。過去にはヒンズー教の影響も強かった。
首都プノンペン
経済状況一人当たり国内総生産2,576ドル(PPP,2013)。周辺国に比べて出遅れている感がぬぐえない。
時間UTC+7。日本より2時間遅れている。
観光客240万人(2010)

言語

公用語はクメール語。文字はクメール文字。クメール語で「ありがとう」は、オークン。

シェムリアップでは問題なく英語が通じる。

料理

タイ料理っぽいが、それほど辛くはない。

歴史

かつてはクメール王国が栄えたが、1863年にフランスの保護領になってしまった。1953年に完全独立したが、カンボジア内戦が起き、1992年に国連統治下で選挙が行われた。

通貨

リエルだが、なんとシェムリアップでは米ドルしか見なかった。価格表示も、払うときも、お釣りも。

ビザ

必要。到着時の空港でも取得できるらしいし、オンラインでも取得できるらしいが、安全のためオーソドックスな在日大使館で。カンボジア大使館は青山一丁目と乃木坂の間にあり、午前中に申請すると、翌日以降の午後に受け取れる。

関連リンク

Wikipedia

カンボジア

シェムリアップ

アンコール遺跡を抱えるカンボジアきっての観光地。

アンコール遺跡旅行で2016年6月14日(火)に成田からハノイ経由で到着し、3泊して6月17日(金)にホーチミンに出発。

Wikipediaのシェムリアップ情報

Wikipediaのアンコール遺跡情報

到着

前日は休みを取ったのにビザを大使館に受け取りに行ったりばたばたで眠い中、2016年6月14日(火)6:20吉祥寺発の成田エクスプレス3号で成田空港第一ターミナルへ。

それなりに混んでいるチェックインカウンターでチェックインし、ベトナム航空VN311のB787-9でハノイに向けて10:00ごろに離陸。ベトナム航空は2回目。満席に近かった。5時間以上のフライトだが、結局ビールを飲んで、食事時にワインを飲んだらほとんどぐっすり寝てしまった。

13:15ごろにハノイのノイバイ空港に到着。前回来たのは2013年だが、2014年末に日本のODAによるターミナル2が国際専用として供用開始とのことで、とてもきれい。

ベトナム航空VN837のA321でシェムリアップに向けて出発。15:30出発の予定が15:50となり、離陸したのは16:00頃だった。ベトナム語らしきアナウンスの他、英語、韓国語、日本語のアナウンスも行われる。クメール語もあったかもしれないが、中国語はなかった。

シェムリアップに近づくと平原に煙がたなびいているのが多く見える。焼き畑だろうか。17:30ごろにシェムリリアップの空港に到着。なかなか雰囲気のある建築。ビザをとってあったのでそのまま入国管理へ。写真は撮られたが指紋は採られなかった。また、税関は人がおらず、税関申告書を置いていくだけ。

送迎でホテルまで。

宿泊

Victoria Angkor Resort & Spa

日本でBooking.comで予約したホテルで私の旅行では珍しく3泊。空港からもアンコールワットからもそれなりに便利な場所にある。繁華街には少し歩く。プールもあり、滞在型のホテルか。体調が悪くてホテルで食事をすることも多かったが、ウェイトレスが顔を覚えていてくれてフレンドリーだった。

蚊取りがあったり、蚊の注意が書いてあったが、ホテル内ではそれほど蚊の心配をすることはなかった。

暑くて汗が酷く、初めてホテルのランドリーサービスを利用したが、丁寧に仕上げてくれて、なかなか満足。

交通

公共交通機関はない。なので、トゥクトゥクで移動する必要があり、メーターもないので、毎回交渉。面倒。運転手はライセンスを意味するジャケットを着ていると聞いたけど、誰も来ていない。

まだ舗装されていない道路も多いし、車よりもトゥクトゥクやバイクが多い。というか、ナンバープレートを付けずに走っている者が多く、まだまだ途上国という感じ。

シェムリアップの観光

シェムリアップには四日間いたことになるが、到着した2016年6月14日(火)は、ホテルのレストランで夕食をとって就寝。二日目、三日目はJHCカンボジアの現地ツアーに参加し、三日目、四日目は自分で回ったが、特に後半暑さのせいか体調不良だった。

アンコール・ワットでも見られれば良いかな、と軽い気持ちで行ったが、行ってみるとシェムリアップにはアンコール時代の寺院が50も60もあり、それぞれがそれなりに離れている。そして、公共交通機関などないので、自分で考えなければならない。アンコール・ワット、アンコールトムはその中で大きなもの。それ以外は、どこに行けば良いかわからなくなってしまい、ちょっと予習不足だった。

シェムリアップの町には病院があるが、外国の支援によるものだという。アンコール遺跡もそれぞれ、どの国が支援して修復しているかが掲げられている。外国の支援に依存しなければならない現実があるようだ。

アンコール・トム

二日目の6月15日(水)は、朝からJHCカンボジアの、午前アンコール・トム、午後アンコール・ワットのツアーに参加した。現地ツアーを申し込むのがぎりぎりだったため、直接カンボジアで申し込んだのだが、このJHCカンボジアというのは、日本語ガイドの育成までしていて、なかなか立派な取り組みだと思った。ホテルに迎えに来てもらったが、なんと一人、マンツーマンでの案内だった。

まずは車でアンコール・トムへ。途中で入場券売り場に行き、写真を撮ってもらって入場券を作る。これはアンコール・トムの入場券ということではなく、ほとんどのアンコール遺跡に入ることが出来る。なぜかここでも支払はドル。

アンコール・トムは大きな町を意味し、城壁に囲まれたほぼ正方形の区画に多くの寺院がある。日本では平安時代から鎌倉時代だった12世紀末に作られた。アンコール・ワットがヒンズー教であるのに対して、アンコール・トムは仏教の遺跡。ただし、日本の仏教のように中国を経て伝わったものではないので、インドの色が濃い。

南大門

アンコール・トムには南大門から入る。左側には神々、右側には阿修羅の像が並んでいる。

南大門の近くに来ると、大きな顔が見えるが、これは四面仏といって、観世音菩薩なのだそうだ。日本で見る女性的な観音様とは随分雰囲気が違う。門をくぐって内側から見ると、象が鼻を垂らして並んでいる。

バイヨン

アンコール・トムのほぼ中心にある寺院。神や仏のための寺院は石で作られ、人のための建物は木で作られたという。そのため、王宮は残っていないが、寺院は残っている。

巨大な四面仏があり、大乗仏教の世界を表していると言うが、日本のお寺とは随分雰囲気は異なる。

他の寺院と同様にレリーフがあるが、バイヨンのレリーフは、神話の世界を描いたアンコール・ワットとは異なり、人々の生活を表現している。戦争で船から兵士が落とされている場面があれば、魚らしきものを焼いていたり、出産していたり、闘鶏をしていたり、投網で漁をしていたりする。闘鶏の場面など、耳が長いクメール人と、ちょんまげのような髪型の中国人が描き分けられている。中国人は他のレリーフにも出てきて、当時は中国人が沢山いたことを想像させる。

バプーオン

バイヨンの近くにあるが、これはヒンズー教の寺院となっている。

特徴的な空中回廊でアクセスし、上まで登ることができる。面白いのは、裏側に寝釈迦像の形が現れていること。これは後世に仏教徒が追加したものだそうだ。写真でわかりますか?

ピミアナカス

これもヒンズー教の寺院。中には入れなかった。

この塔の中にはナーガ(9つの頭を持つ蛇の神)が美女の姿で宿り、王は毎晩妻の前に彼女と交わる必要があったという。

ちなみにこのナーガというのは他の寺院にも至る所に現れていて、長い蛇なので欄干になっている。欄干になっているときは両端が頭で、「終わりがない」という意味になっている。

象のテラス、ライ王のテラス

王宮は木造だったので残っていないが、王宮前のテラスが残っていて、象のテラス、ライ王のテラスと言われている。象のテラスは閲兵をしたとされる場所で、テラスを支える姿の彫刻が残されている。隣のライ王のテラスにはライ王の像のレプリカがある。

昼食

アンコールトムの見学を終えて、ツアーの昼食。だが、一人なので、一人でレストラン。美人のウェイトレスがずっと側に立って見ているので、色々な意味で緊張した。煮込みだったが、人参が薬のような味がした。

一旦休憩と言うことで、ホテルに戻ってシャワーを浴びたが、外は大雨になっていた。

アンコール・ワット

14:30からツアー再開。今度はアンコールワット。

アンコールワットはアンコール・トムより後に作られたヒンズー教の寺院なので、観音様の顔のようなものはない。また、西向きに作られているため、写真を撮るときに逆行にならないよう、午後のツアーに組み込まれているようだ。

構造としては正方形で、真ん中が第3回廊、その外側に第2回廊、その外側に第1回廊がある。そして、さらにその外側が周壁で囲まれ、その外側は堀になっている。

西参道

午後の陽を背にして門に向かって参道を歩いて環濠を渡っていく。アンコール・ワットの塔は遠くから見たとき、近くから見たときで見える部分が異なり、計算された作りとなっている。

この門を越えると周壁の中に入ったことになる。歩いていくと左右に経蔵などが見えるが、葉などに書かれた文書は残っていない。正面のアンコールワットの前には池があり、逆さに移った写真を撮ることが出来る。

第1回廊

第1回廊の外側には細かいレリーフがひたすら彫られている。アンコール・トムのように庶民の生活ではなく、神々の世界が中心に描かれている。

これは、江戸時代の森本右近太夫一房の有名な落書き。

中には仏像も置いてあって、花のつぼみが置かれている。良い香りがするつぼみだそうだ。

アンコール遺跡でたくさん彫られている女神の像はデバターと呼ばれる。たくさんあるが、遊び心か変わったものもいくつかあって、奥側(東側)の面にあるこちらは服を着ていないデバターとして有名なもの。

第1回廊の奥側(東側)の面は、乳海攪拌のレリーフがある。乳海攪拌はヒンズー教の神話で、アムリタという不老不死の薬を得るために乳海を激しく攪拌している。真ん中にヴィシュヌ神がおり、阿修羅が左側、神々が右側に分かれ、大蛇を両側から引いて攪拌している。

あまりに激しく攪拌しているため、中央近くの水中では、魚などがちぎれてしまっている。

南側には天国と地獄のレリーフがある。アンコール・トムには闘鶏をしている人のレリーフがあったが、ここでは闘鶏をした人が地獄に落とされ、鶏の代わりに頭をつきあわせて対決させられている様子が描かれている。

また、天国と地獄に振り分けられている様子が描かれ、地獄に行く人はかなり強引に突き落とされている。

このあたりは天井もきれいに残されている、あるいは修復されている。

同じく南側のスールヤヴァルマン二世軍隊の行進では、クメール人兵士がきちんと並んで行進しているのに対し、外国人兵士はよそ見をしたりまとまりがない様子が描かれている。

第2回廊、第3回廊

第2回廊を抜けると塔のようなものが立っており、これが第3回廊。入る人数に制限があるが、入るときにカードを首にかけ、でるときにそれを返すシステム。カードの数は決まっているので、誰かが出ないと次の人にカードが回らない。

階段はかなり急。これは他の寺院でもそうだが、降りるときにも後ずさりしなければならないため、結果的に尻を向けない、という意味があるとか。

大雨

見学を終えて帰ろうとしたら、再び大雨。第1回廊のあたりでガイドと話しながら雨宿り。カンボジアの政治や経済の話もしてくれた。

雨が上がったところで入口のライオンとナーガのところまで戻り、車でホテルに戻って解散。

夕食

汗をかいたのでホテルでシャワーを浴びてから、パブ・ストリートまでてくてくと歩いて行った。ここは外国人観光客が集まるレストラン街で、どこにいるのかわからなくなる。魚のフリッターのようなものとビール。

トンレサップ湖クルーズ

2016年6月16日(木)は、前日頼んでおいたトンレサップ湖ツアー。朝起きてから体調があまり良くなかったが、9:00からJHCカンボジアのツアーに参加。今度は他にもメンバーがいて、彼らは帰る当日のようだった。

トンレサップ湖はカンボジア、というより東南アジア最大の湖で、乾季と雨季で6倍以上も大きさが異なる。そのため、季節によって移動できる高床式の家や、水上生活する船の家などがある。

結構立派なボート乗り場があり、そこから乗る。クルーズというので大きな遊覧船に乗るのかと思ったら、本当にボート。エンジン直結のスクリューで進む。そもそも水深はとても浅いようで、大きめの船は途中で小さな船に乗り換えたりする必要があるようだ。

ボートは水路のようなところをずっと進んでいくが、それを越えると広い湖があり、水上集落に入る。水上集落のそれぞれの家は船で、小さな菜園が着いていたり、鶏を飼っていたりする。彼らの多くはベトナム人で、所得水準も低いのだそうだ。ベトナム系のカンボジア人なのか、ベトナム人なのかはよくわからなかった。カンボジア人のベトナム人に対する感情は良くないようで、緊張関係もあるようだ。

多くの家はベトナム人が住んでいるが、彼らを相手にした店の船はカンボジア人が営んでいるという。また、水上集落には小学校の船や、体育館の船まである。小学校もカンボジア政府が設けているもののようだ。

店となっている大きな船でしばらく休憩。ワニやナマズが飼われている。ワニは今は野生のものがいないといっていたが・・・。

スクリューにはしょっちゅう捨てられたロープやゴミが絡まる。外すとそれをまた湖に捨てているので、また引っかかると思うのだが。

オールド・マーケット

トンレサップ湖の後はシェムリアップの町まで戻ってきて、オールド・マーケットの散策。自由時間があったが、体調が著しく悪くてだるく、カフェでコーヒーを飲んで休んでいた。

ホテルに戻ってから具合が悪いので1時間ほど熟睡。

ボンテアイ・クディー

少し休んだ後、午後は力を振り絞って自力観光。ガイドブックで行く場所を3カ所選び、ホテル前のトゥクトゥクと交渉して出発。トゥクトゥクは1回乗る毎に拾うというのではなく、まわる場所を決めて交渉する。全部で18$ということでスタート。

まずはボンテアイ・クディー。ここは仏教の遺跡で、上智大学が調査をしている。人もそれ程多くなく、一人でゆっくり見て回るには良い。

暇そうな男がいて、ここから写真を撮ると良い、などしきりにまとわりついてくる。そのうち、予想通り、ガイド、1ドル、と言い出したので無視した。

タ・プローム

待っていてくれたトゥクトゥクに乗って、次はタ・プロームへ。ここは仏教寺院として作られたが、ヒンズー教寺院にされたと言うが、何よりトゥーム・レイダーの撮影場所となったことでも有名。見ていないけど。

ここは樹木による遺跡の浸食が激しいが、それがそのまま放置されているので、独特の雰囲気を持っている。

タケウ

最後はタケウ。ここは中国が修復を担当しているようで、中国語が目立つ。

この建物は窓が少なく、彫刻もあまり施されていないので、優雅と言うよりも重々しい印象。これは未完成だからという。上まで登ることができるが、また暇そうな男がいた。

夕食

トゥクトゥクでホテルへ。やっぱり具合が悪いので、再び1時間ほど熟睡。夕食は出かけようと思ったが、また強い雨が降っているので再びホテルで夕食。魚を頼んだが、ナマズのような淡水魚っぽい。ウェイトレスには顔を覚えられている。

食べたら気持ちが悪くなって、そのまま就寝してしまった。

国立博物館

2016年6月17日(金)はいよいよカンボジア出国の日。10時間ほど寝たが、べったりと寝汗をかいていたので、シャワーを浴びてから朝食、チェックアウト。

荷物を預けて、国立博物館へ。ここは部屋の中は冷房が効いているので楽。仏像や石像、ヒンズー教の神々の説明がある。仏像は、やはりインドの影響が強く、日本で見る仏像とは大きく異なっている。

出発

2016年6月17日(金)はカンボジアを出国してベトナムのホーチミンへ。

国立博物館を見学した後、ホテルに戻って荷物を受け取り、トゥクトゥクで空港へ。7$だった。

空港でチェックインするときにベトナムに行ったことがあるかを聞かれた。ベトナムには日本人はビザなしで入国できるが、30日以内に再度入国する際はビザがいるためと思われる。

Cambodia Angkor AIRとの共同運行のVN3824のA321でシェムリアップ空港を13:30発、14:30頃にホーチミン空港に着陸。シェムリアップの空港で珍しくお土産のお菓子を買ったら、見事に機内に忘れた。

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