海外の小説

最終更新日 2017年1月2日

ダン・ブラウン

ダ・ヴィンチ・コード

角川文庫(訳 越前敏弥)

ハードカバーの時から気がついていたが、最近、文庫になって大流行。たいていこういうものには出遅れてしまうのだが、出張が多い(細かい空き時間が多い)こともあって、なんとか読み切った。映画の公開に間に合ったので、まあ合格と言ったところでしょうか。

流行った本には批判する意見も多くなるものだが、純粋におもしろい。

最初のページから緊迫感のあるストーリー展開で、一気に引き込まれてしまう。キリスト教のうんちくがいろいろ出てきて、宗教画のように難解なのかな、と先入観があったが、そんなことはなかった。

ストーリーは、ルーブル美術館の館長が奇妙なダイイング・メッセージを残して死ぬところから始まり、その孫娘とハーバード大学教授の二人がその暗号を解いていく、というもの。二人は警察に追いかけられてしまうので、逃げながら、1つの暗号が解けると次の暗号、ということで、次は、次は、と気になって読み進めてしまう。

物語は複数の登場人物の視点から並行して進み、また、それぞれの登場人物が味方なのか敵なのかよくわからないので、ひやひやする。

キリスト教を冒涜している、という強い反発もあるようだが、あまりそうは感じない。所詮、小説だということをさておいても、キリスト教の部外者から見ると、そんなこともあるかもね、という程度でしかない。

宗教は様々な経緯で変質していくものだし、現在のカトリックは、西ヨーロッパの風習を色濃く反映したものだと思う。日本の仏教がそうであるように。

聖書というものについても、日本の古事記や日本書紀の成り立ちを考えれば、為政者なり権力者の意図が入ることは自然なことでしかないし、本当はどうなのか、ということもそんなに意味があるとも思えない。

しかし、ヴァチカンというのは興味深い組織で、実はものすごい力を持っていて、かつそれを行使しているものらしい。

A.J.クィネルの「ヴァチカンからの暗殺者」をちょっと思い出した。

それにしても、この大騒ぎ。確かにおもしろい本ですけど、同じくらいおもしろい本はもっとたくさんあるように思うのだが・・・

ドストエフスキー

罪と罰

米川正夫 訳

ハヤカワ文庫

2012年7月読了

有名な作品で以前から読もうと思っていたが、マルメラードフと酒場で話しているあたりで挫折。そのまま放置していたのに再挑戦。

最近世間で読まれている会話ばかりの流行作家の本とは全く異なり、見開いたページには字がぎっしり。上下で1000ページもある。一人一人の会話や独白は以上に長くてくどくどしていて、会話が続くと誰が話しているか分からなくなってくる。その会話も感嘆詞がやたら多くて、人物描写の形容詞も大仰。さらに、ロシア人の名前は覚えにくくて、愛称で呼んだりするのでまたその対応関係が分からなくなる。本はそんなに苦手ではない方だと思うが、相当に体力?のいる本だった。

あらすじといえば主人公の元学生ラスコーリニコフが高利貸しの老婆とその妹を斧で殺してしまって最後は自首するというだけだが、結構最初の部分で殺してしまい、その後はいろいろな登場人物との関わりが続く中でラスコーリニコフのくどくどした考えが続く。

登場人物もみんな話が長く、全くストーリーに無関係のように思えるのだが、上巻が終わるあたりからようやく伏線が絡み合って浮かび上がってきて話が進み始める。ただし、スピード感ある展開、とはならないが。

主人公に感情移入して、といったことは全く起こらないが、ソーニャやドゥーニャといった人物には感情を動かされる。女性が生きるのも大変だった時代なのだろう。

エピローグまで話は続いていてそこではじめてラスコーリニコフに変化が生じる。そこはこれまでに比べて説明も少なくあっさりと書かれていてとってつけた感がある。しかし、文庫本に付された解説まで読んでみて、抽象的な理論と人間性の対立というこの本のテーマがようやくはっきりとわかったように思った。人間性であるからこそ、エピソードでの転換は理屈による説明ではなく生活という言葉の強調によって示されているのだろうと思った。

19世紀のロシア、サンクトペテルブルクの雰囲気が味わえる。ドイツ人がしばしば出てきたり、教養があるのだからフランス語、なんて話が出てきたり、ユダヤ人が金を貯めてなんて言い方も出てくる。官職が人の身分で重視されていたり、登場人物の悲惨な貧しさだったり。細かい地名はなぜか書かれないのだが、行ってみたサンクトペテルブルクの街を思い出しながら読んだ。この本のテーマ自体も旧来の社会秩序の中から新しい思想が次々と生まれ、価値観が混沌としていたという時代背景の中で理解することが大切なのだと思う。

Gavin Lyall(ギャビン・ライアル)

ライアルもチャンドラーと並んで大好きな作家。空軍の経験があるそうで、豊富な飛行機や武器、そして人間の知識が作品に反映されている。寡作なのが残念なところ。

ライアルの作品は、3つのシリーズに分かれている。1つは初期の航空ものを中心としたシリーズで、主人公はそれぞれ違うもの。2つ目は、ダウニング街を舞台としたマクシム少佐を主人公としたシリーズ。最後が、設立後間もない英国情報局を舞台にランクリン大尉を主人公とした歴史スパイものである。

ライアルの魅力は何といっても登場する主人公の魅力。初期の作品には、共通する主人公というのはなく、飛行機乗り、ガンマン、保安コンサルタントとばらばらで、皆一流の技術を持ったプロだが、大抵の主人公が一般的な基準では成功しているとは言い難い状況にあり、おんぼろの飛行機を飛ばしてその日暮らしをしたりしている。皆、自身の信条のみに従って行動する頑固な男達である。

さらに、軽妙でちょっとひねりの入った会話も大変に魅力的。

30歳を超えて、しがないサラリーマンとして毎日過ごしていると、もう一度生まれ変わって、ライアルの主人公達のようになれたらな、と憧れる。大空を自由に飛びまわって、富、美女、夢、正義を求めて冒険ができたらいいのに!

ライアルは、2003年1月18日にLondonで70歳で死去しました。ただでさえ寡作だったのに、これ以上作品を読めません。残念。

もっとも危険なゲーム(THE MOST DANGEROUS GAME)

ハヤカワ文庫(訳 菊池 光)

ライアルの作品の中でも有名な作品。私自身はライアルの作品でもっとも好きなものを挙げろと言われたら、この「もっとも危険なゲーム」と「死者に鞭打て」のどちらかを挙げるだろう。

ホーマーという、狩猟を趣味とする富豪が、熊を撃ちにフィンランドに来るところから物語が始まる。ホーマーはこれまで、世界のあちこちでアフリカのライオン、犀、水牛、像、ワニ、虎、熊などの猛獣を撃って来ている。まだ撃ったことがないものはほとんどなくなってしまっている。ただ、一つだけ、もっとも危険なゲームが残されている、その獲物とは、銃を持って撃ち返してくる人間だ、ということから表題がつけられている。

主人公は、ビル・ケアリ。イギリス人なのだが、なぜかロバニエミというフィンランドの田舎で、雇われパイロットをしている。彼の所有する飛行機は、ビーバー水陸両用機というもので、フィンランドのパイロットが墜落させて大破したものを、安く譲ってもらって修理したという代物である。

以下は、ホーマーの妹であるビークマン婦人を飛行機に載せたときの会話。

彼女の荷物で荷物室と二列目の座席がいっぱいになった。彼女は前面の右手の座席に坐ると慣れた手つきでベルトをしめた。兄同様小型機には乗りつけているようだ。

操縦室のなかを見まわしていた。「ずいぶん古い飛行機のようね」

「見かけほど古くはないんですよ。墜落してめちゃめちゃになったんです」

彼女が妙な顔をした。「それ、お客をくつろがせるテクニックなの?」

「私じゃないですよ。事故のあとで買い取って組み立てたんです」

彼女がまた見まわしていた。「手縫いのコートはいいけど、手製の飛行機というのは落着かないわね。ま、ご自分が乗っているんだからだいじょうぶなのでしょうね」

「自分でも無理にそう思い込んでいるんですよ」

菊池 光訳

ソ連国境近いフィンランドの自然の中で繰り広げられる冒険、そして最後には、暗い森の中での「もっとも危険なゲーム」が待っている。そして乾いた印象の結末へと一気に読ませる傑作である。

スパイの誇り(SPY'S HONOUR)

ハヤカワ文庫(訳 石田善彦)

ライアルの第3期、ランクリン大尉を主人公として設立間もない英国情報局を描く、歴史スパイものの第一作。一応時系列につながりはあるのだが、独立した事件を描いた中編8つから構成され、この後レギュラーとなるらしい主人公が次々と現れる。

まず、主人公であるランクリン。彼はギリシャでランクリン「大佐」として砲兵隊にいるところを、英国から使者に呼び出される。なんと、「大尉」に降格され、情報部にリクルートされることになる。ランクリンは小柄で丸顔で童顔、という風貌に描かれており、男臭さをぷんぷんさせている、ライアルの初期の小説の主人公とは違っている。育ちは良いのだが、兄弟の経済的な失敗に巻き込まれて破産し、今は金に困っているという設定である。

そして、彼の助手、オギルロイ。最初は悪党として登場するのだが、なぜかランクリンの助手となる。アイルランド人。これがイギリス人であるランクリンとのおもしろい組み合わせとなる。そして、コリナ。こちらは新世界アメリカの富豪の娘、という設定であり、イギリスとアメリカという対比の上に、破産しているランクリンと金に困らないコリナ、という対比を重ねている。これらの登場人物が活躍する。

ストーリーとしては、暗号帳をパリに運んだり、ブダペストを部隊にハプスブルク家のフェルディナンド皇太子を巻き込んだ陰謀と戦ったりするのだが、新米スパイ(エージェント)であるランクリンは今ひとつ頼りなく、頼もしいオギルロイやコリナに助けられ助けられなんとかやっていると言う感じである。

設定や主人公にとまどいを感じたが、やはりライアル。じわじわとまどろっこしいストーリー展開に、ひねりが十分に入った会話。ひねりすぎて何度も読まないと良く意味がわからないところもある。これは覚悟の上で、楽しい。

冒頭、ランクリン大尉が訪れた海軍省司令部に、賊が押し入って、ランクリンは地下室に下男とメイドと閉じこめられてしまう。そこで二人にかけた一言。

おれは、英国陸軍要塞砲兵隊のランクリン大尉だ。今夜は残念ながら、大砲を持ってくるのを忘れてしまった

おもわず、にやりとしてしまう、イギリスっぽいジョーク。後半でもこんな会話がある。

コリナは、ブランデーをのむ彼を見守った。「ちょっとまずいことが起きるたびにお酒をのんでいたら、アルコール中毒になってしまうわ」

オギルロイが言った。「女たちが男の酒についてなにかいいはじめたら、もう寝る時間だ。おれは失礼して、寝ることにする。

オギルロイ、かっこよすぎる。

しかし、読み終わって、特におもしろい、とは正直感じなかった。舞台となっている第一次世界大戦前のヨーロッパの世界情勢というものもよくわかっていないと背景がわからないところもある。ただ、ライアルの小説は味があるから、最初からおもしろくなくても、また読んでいるうちにきっと味が出てくるんだろう、という気もしている。そのため、最初は辛めに★1つにしておいて、また読んだみたいと思う。

ちなみに、ブダペストの中心を流れる川を「ダニューブ川」と訳してある。最初、あれ、ブダペストを分けているのはドナウ川じゃないのかな?と思ったが、英語名はダニューブ川なんですね。オーストリア・ハンガリー二重帝国時代という設定だが、ブダペストは行ったことがあるので、なかなか懐かしい。

A.J.クィネル

A.J.クィネルは、取材の自由を守るため、ということで長く匿名作家として、その経歴が謎に包まれていた。A、J、Qだから、次はKingだということで、スティーブン・キングではないか、などという説もあったくらい。

後に正体を明かすことになるが、ローデシア生まれで世界を渡り歩いた後、マルタのゴゾ島に住む英国人だった。

作品を楽しみにしていたが、2005年の7月に肺ガンで亡くなってしまいました。残念。

もともと新潮社から出ていて、私が持っているのもそうなのだが、最近は集英社から出版されているらしい。

ヴァチカンからの暗殺者

新潮社(訳 大熊栄)

ダン・ブラウンのダ・ヴィンチ・コードを読んで、そういえば、この本があったな、と思って再読した。

おもしろい。ダ・ヴィンチ・コードなんて、目じゃない。

1987年の本だから、時代設定は少し懐かしい。東西冷戦が続いていて、ヨーロッパの東半分は共産主義に支配されている時代である。この物語は、ソ連のアンドロポフ書記長が1984年に死亡した事件を題材にしている。

ヨハネ・パウロ二世の暗殺未遂事件はKGBが仕組んだもので、さらに次なる機会を狙っているとの情報がヴァチカンにもたらされる。これを阻止するために、ヴァチカンのあるグループは、逆に、ソ連のユーリ・アンドロポフ書記長を暗殺する計画を企てる。

暗殺者として選ばれたのは、ポーランドの秘密保安機関(SB)の少佐だったミレク・スツィボル。彼はとある理由で、アンドロポフに強い憎しみを抱いていた。ミレクはリビアのトリポリ郊外で暗殺者として徹底的な訓練を受ける。

さらにヴァチカンは、怪しまれずに共産圏に忍び込むための偽装として、彼に「妻」を同行させることにする。この偽の妻に選ばれたのが、敬虔な修道女であるアニア・クロルである。彼女は、作戦の目的も知らされずに同行させられることになる。

こうして二人は、ウィーンを出発し、チェコスロバキア、ポーランドを通って、クレムリンを目指す。

陸路で行くこと、そして修道女を「妻」として伴う、という2つの条件が物語を大変におもしろくしている。

計画は、緻密なものであったが、偶然からKGBの知るところとなってしまう。そのため、二人の作戦はどんどん困難なものになってしまう。次に進むとまた手の内がKGBに流れてしまい、というように、息もつかせぬ展開で進んでいく。

行くところ行くところにヴァチカンが手配したいろいろな協力者がいて、二人を助けてくれるのだが、それらの脇役達も魅力的に描かれている。

そして何より、もう一つの物語の軸となっているのが、ミレクとアニアの二人の関係。粗暴な男として登場するミレクと、何も知らない堅物のアニア、という始まりから、いくつもの困難を二人で克服する中で、徐々に心を通わせていく。

逃避行の中で、アニアは手負いになってしまう。邪魔になったら置き去りにする、殺す、と最初から言われていたアニアは死を覚悟するが、なぜかミレクは彼女を殺さず、危険を冒してまで助ける。

「わたしに恋なんかしないで、ミレク・・・わたしは絶対にあなたを愛せないの・・・絶対に。わたしは修道女なの・・・これからもずっと修道女でいるわ。」

ミレクがアンドロポフを憎む理由は何なのか、作戦は成功するのか、二人はどうなるのか、最後まで一気に読めてしまう。タイトルは、原題である"IN THE NAME OF THE FATHER"のほうがしっくり来る気がするが。

ちなみに、ダ・ヴィンチ・コードではないが、この本もヴァチカンの大司教が出版社を訴えるという騒ぎになったそうだ。

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